« ・「恐竜オーパーツの謎」 並木伸一郎:監修(2007、竹書房) | トップページ | 【イベント】・トンデモ映画会、第二回開催決定!! »

【テレビアニメ】・「ネギま!?」

公式ページ
わりと評判がいいので、13話まで観る。
14話、15話は録り逃してしまった。エピソードにひと区切りがつく14話を観ないとストーリー的には13話まで観てきた意味がない気がするが……。
本作を観て、ますます過去のヒロイズムは過去のものになったと思った次第。

14話のあらすじをネットで読むと、「魔法を人に見られてはいけない」という掟を破ったネギが動物にされてしまってどうなるのだろうと思っていたら、「(ネギの魔法を目撃した)生徒全員と仮契約をすればチャラになるのではないか」ってコトで、実際そうなったらしい。

このエピソードが盛り上がるには、それまでネギが生徒たちに何をしてやったか、が問題になる。なぜなら、生徒たちが「ネギにこれだけのことをしてもらったから、恩返しとして仮契約をする」というふうにするのが、まあ普通の物語の常道だから。
でも、13話までの段階で別にネギが普通の先生以上のことを生徒たちにしてやったことはほとんどないんだな。
まあそのままネットで見たような展開になるのは予想がついていたことでもあるが。

何度も書いているが、少年ラブコメとは「零落したマッチョイズム」の結果としてあるので、たとえばネギは妖精みたいなやつから生徒たちを守らなければならないとか、偉大な魔法使いだった父を越えなければならないとかいった従来の「男っぽい義務感とか目標」を持っている。
が、それは物語が要請する、まあある意味「お話を体裁よく整える」以上のものにはなっていない(14話観てないからそこで大逆転があるかもしれないけど、ないものとして)。

したがって、この「ネギま!?」というアニメ全体が、物語がそれ自体が求める何かによって引っ張られて行っている、という印象はまるでない。
そして、それでいいのだろう。少年ラブコメというのは80年代からそういうジャンルだったのだから。

ただ、80年代には「何もやらないこと」、「何かをやることに対して背を向けること」の意義というか、カッコよさみたいなものがあったんだけど、それはそれほど深刻ではない、まあポーズみたいなものだった。それに対し、90年代以降は「何もやらないこと」はもっとシリアスな問題として立ち上がってきている。
ニートや引きこもりというのは、ここ20年くらいのスパンで見ると「無気力世代」と言われたような若者の問題をもっとハードにしたもの、というふうに自分は受け取っている。
そして、それまでの「よくあるパターン」に「マッチョな部分」を切り落とした少年ラブコメが、そうした深刻さに応えているかというと自分にはそうは思えない。
(まあ、いつの時代にも逃避的な作品はあっていいわけだが。私はそういうのも好きは好きです。)

「萌え」というのが、何もかも問題を宙づりにする装置であるならば、まあそれはそれでいい、っていうことになるんだろう。

それと本作に関してもうひとつ言いたいのは、赤松健に関して批判的なことを言うと、よく「戦略的にはすごく頭のいい人だ」みたいなことを言われるんだけど、
何もマンガを自己プロデュースして戦略的に描いてきたのは彼が最初じゃないからね。
それだけで自分は評価することはできない。
しかも、おそらくもっともコマーシャルな分野である「萌え」において戦略的にふるまったからといって、なんか別にそういうところでは感動しないですな。

ここはきちんと書いておきたいけど「少年ラブコメ」だとか「萌え」という分野で、薄っぺらいことは悪ではないとは思う。
ただし、この薄っぺらさが特別なものだと考えることがいいかどうかは別問題だとも思う。

あ、このアニメ自体は引き続き観てみるつもりですよ。

|

« ・「恐竜オーパーツの謎」 並木伸一郎:監修(2007、竹書房) | トップページ | 【イベント】・トンデモ映画会、第二回開催決定!! »

アニメ」カテゴリの記事

テレビ」カテゴリの記事