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・「ムーたち」(1) 榎本俊二(2006、講談社)

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モーニング連載。
榎本俊二と言えば電気グルーヴがブチ上げた(?)「ゴールデンラッキー論争」を覚えている方はいないだろうか?
まだ名前を売ろうとやっきになっていた彼らが、ラジオとか何かそういうところで榎本俊二の「ゴールデンラッキー」をやたら批判していたのよ。むろん「論争」というほど盛り上がりもしなかったわけだけど……。
「ギャグマンガとして笑えない」とかそういう理由だったと思うけど、たぶんあのときから榎本俊二は「人を笑わせる」ということを最重要課題にはしていなかった。それがわかるのが本作。

ストーリーはあってないようなもので、「ムー夫」という少年とそのお父さんとの会話がメインかな。ものすごく簡単に言うと、「ひとつの文字をずっと見つめていると意味が剥奪されていく」みたいな感覚を取り上げてそれを描きとめているような感じ。
たとえば施川ユウキだと、そういう感覚をもうちょっと「笑い」につなげる方向に持っていくんだけど、本作の場合は「笑い」への着地は選択肢のひとつにすぎない。
しかも、思いつきからひねって展開させていくから、読者はどんどん幻惑されていく。

「神経症的なシュールさ」を描いた作品というのはけっこうあるけど、本作はその着地点を「そのまま投げ出す」とか「笑いをとる」とかじゃなくて、より掘り下げている。そのたたずまいそのものを観る、という感じだからまあ限りなく「アート」に近づいていくんだよね。

でも「アート」に近づきつつ、それすらも回避している印象はあるな。
「アウトサイダー・アート」をシミュレーションしようとしているのかもしれない。

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