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・「妹ガンダム」(1) 徳光康之(2006、角川書店)

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「ジオン好きのすべてのお兄ちゃん
このわたしにほんのちょっとずつだけ
コロニー落としをわけてください」

「ガンダムA」連載。ジオン好きのおにいちゃんのため、将来的にジオンがガンダムを倒すことを夢見る少女が、兄が生み出した「ジオン空手」を使って「自分よりも強いジオン好きの男」を探すために戦いを挑み続ける。どうしてそんなことをしなければならないかというと、その男と子孫を残して、宇宙世紀に最強のジオンの戦士を送り出すためなのだ!!

いや〜あまりにも奇想天外な設定に大爆笑。
……といっても、薄いガンダムファンの私は半分くらいは元ネタがわからなかったけど。

注目すべきは、徳光康之が「萌え」を一生懸命描いているということだろうなあ。もともと「サクラ大戦」への思い入れのマンガも描いていたから資質として皆無だったわけじゃないんだろうけど、なんか勉強の後がうかがえて微笑ましいんですよ(「上から目線」だと誤解しないでね〜)。

たぶん世代的には自分と近いと思うんで、同じ目線だと思い込んで読んでしまうんですよ。「ああ、そういうことが『萌え』なのか」とあらためて思ったりして。
また世代論で斬ると文句を言う人がいると思いますが、「萌え」というのは70年代後半から90年代初頭までのアニメ・マンガ文化における「美少女とは何か?」という問いに対する積み重ねを、後続世代が消化・吸収してアウトプットしたという要素が強いと、私は思っている。

だからそれ以前と以後ではオールドスクール、ニュースクールとでも言うべき違いと断絶がある。「萌え」をめぐる論議の混乱のひとつはここら辺の断絶を先行世代が断絶と認識しない、あるいは「萌え」という概念を強く打ち出そうとしてきた後続世代が、「オールドスクール」を認めないことにあると私は思っている。
本作の「萌え」とは、「今までシンセを使っていたとはいえ生演奏でやってきたニューウェーヴのミュージシャンが、完全打ち込みでのダンスミュージックにチャレンジしました」みたいな面白さがあるんですよ(たとえが90年代初頭っぽくてスイマセン)。

ギャグは冴えわたってて言うことナシ。掲載誌がガンダム専門マンガ誌ということもあって、中盤よくわからなかったことは正直に告白しておこう。だけど、「ナオコサン」もそうだったけど「わからないところはスルーしても面白い」というのはこういうマンガの絶対条件だからね、私は何らの痛痒も感じないのである。

追記:
「アニメなのに ガンダムも宇宙世紀もアニメなのに」
「でも未来は来るよ」
「ガンダムも宇宙世紀も ありえる未来だよ」

……というくだりに、何か泣けてきてしまったことも告白しておこう。「未来を信じる」というのも、もはや昭和的感覚だからである。それがギャグとはいえ「ガンダム」を通して残っていることに、ささやかに感動した。

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