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【訃報】石川賢氏

「魔界転生」などの漫画家、石川賢さん死去

高千穂遙氏の日記  2006/11/16 (Thu)に亡くなられたいきさつが書いてあります。

自分は、好きすぎるマンガ家の作品は好きすぎて読まなかったり、読んでも読み返さなかったりする。
それは自分にとって魂の解放だから。
石川賢の作品というのは、自分にとってそういうものでした。
もう、楽しみすぎて読めないの。おかしいと思われるかもしれないけど。

だからちょっと呆然としてしまっているんだけど、現時点で思うことを書きます。

たまに「石川賢のマンガはぶっとんでる」という人と「そうでもない」という人がいてそこに齟齬があったりするんだけど、どうしてそうなるかというと、
石川賢作品はいい意味でのB級映画的ぶっとばし方だからなんだよね。
エンターテインメントというのは、どんなにぶっとんでも最後には万民が納得するかたちに帰結するから。
でも読んでいる間はジェットコースターに乗っているような気分になれる。
まったく方向性自体が定まらないタイプのぶっとび方というのもあるんだけど、そういうのではないわけね。

石川賢のマンガには「芯」があるから、どんなに話が加速度的にでかくなっても宇宙へ行っても過去や未来へ行っても、最終的に帰結するところは同じだとは言える。
そして、帰結が同じだからこそ「行くぜ!!」みたいな感じで終わっている作品が多くても、そんなに未完の作品が多い、というイメージは、少なくとも自分にはなかった。
「行くぜ!!」の先にあるもの、の焦点はかなり定まっていたと思うから。
(もちろん、雑誌休刊などで途中までしか描かれなかったものに関しては、きちんと終わらせてほしいという気持ちはあったのだが。)

じゃあその「芯」とか「帰結するところ」は何かというとね、みんな「エンターテインメントだからベタなんだろう」とかで思考が止まるわけでしょ。
本当はそうじゃないんだよ。
でも石川賢のマンガはそういうことは全面に出さない。徹底したエンターテインメント。
ただ、「それは何なのか」を考えるのは読者たる我々の役割だと、勝手に思ってましたし今も思っています。

この混迷の時代だからこそ、石川賢的な「芯」は説得力をこれからも発揮していくはずだった。

ご冥福をお祈りします。

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