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【書籍】・「なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか」 スーザン・A・クランシー(2006、ハヤカワ文庫)

Nazehitoha
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左翼用語に「主要打撃論」というのがあるらしい。
これは、読みかじった知識によると、「自分たちの主張と似て非なる意見を叩きつぶしてからでないと、自分たちの主張が正しく通らない」というような意味らしい。
いわゆる「内ゲバ」もこの理論を基盤に行われているのだという。
「内ゲバ」と比喩的に使う場合は、単に「内輪もめ」というニュアンスだが、「似たようなやつを潰す」というニュアンスに留意されたい。

以下、自分語りです。

私は評論家・呉智英の徹底的なオカルト批判が好きで、その影響を受けて成長した。
呉智英のオカルト批判は簡潔で、そして容赦がなかった。
(たとえば「霊魂が実在するなら、なぜ幽霊は多くの場合服を着ているのか? 服の霊があるのか?」とったようなことをよく書いていた。)

なぜ呉智英が執拗にオカルト批判を繰り返していたかというと、おそらく彼が講演したり教えたりする学生に、オカルトにハマっている人間が多かったのだろう。
そして、「そういう無駄なものを読むなら、自分の勧める本を読みなさい、自分の主張に耳を傾けなさい」ということだったんだろうと思う。
「思想家」にとって、「オカルト」が目の上のタンコブであることは事実だろう。

実際、「オウム」なんていうのが出て来ちゃったからね。
そこに、個人的には「主要打撃論」という言葉が浮かんだのである(言葉の使い方は適切ではないかもしれないが)。

何が言いたいかというと、「オカルト批判」というのは、本人にはそういうつもりがあろうがなかろうが、ひるがえって批判者が「何を主張したいのか」が見えてくるということである。

当然だがオカルト批判派の多くは、教養の奥深さ、知識の深さを信奉している人が多い。
「正しい教養」というのが存在し、それの体得のために人間は邁進するべきである、という意見を持つ人が少なくない(もちろん、そうでない人もいる)。
これは「論理的思考の信奉」ということであり、従来のオカルト批判では「信じる人間はバカ」という結論しか出なかったのである。

その流れに一石を投じたのが、本書であると言える。

本書は「エイリアン・アブダクション」(エイリアンによる誘拐)という幻を見て、なおかつそれを信じている人々(アブダクティー)に関して、何人もから話を聞いて心理学的に考察したものである。

著者のクランシーは、もともと幼児虐待、幼少の頃のレイプ体験の記憶が本当かどうか、「偽の記憶」ではないのかというのを研究していたが、発表後非難されて断念する。
ここには、「幼少時のレイプ」がようやく犯罪として認識され始めたという当時の事情もあったらしい。

しかも「偽記憶」と言っても、被験者が本当にレイプされたのか、偽の記憶を話しているのかの厳密な判断がむずかしい。
そこで、どう考えてもレイプよりはありえない「宇宙人による誘拐」を体験した人々を研究することになったそうである。

本書では、教養主義にありがちな「信じるのはバカだから」という短絡的な結論を避け、心理学の方法論にのっとった調査・研究をすることによって、「なぜエイリアンに誘拐されるという突拍子もないことが信じられるのか」について丹念に考察していく。

そして、それが「信仰の一種なのではないか」という結論に達するのである。

とくに、トラウマ体験にもなりうる宇宙人による誘拐が、最も思い出深い、その人自身をいい方向に変える体験となった場合が多い、という調査結果の重要性は見逃せない。
少なくとも、アメリカ人の中の、白人中産階級(そういう人がアブダクティーには多いらしい)の一部の心の欠落感を、アブダクション体験が埋めていることは間違いがないらしいのだ。

そこで最初の話に戻る。
「アブダクション体験を、自分の心の糧にして生きている人々」に対し、思想家・宗教家はそれらを叩き潰したいなら、「こっちの水がもっと甘いぞ」と言わなければならない。あるは「その水は苦いぞ」と言わなければならない。
だからこその批判であるわけだから。
本書の作者は、そこまでは踏み込んでいないが、結論はそういうことになる。

たとえばUFOカルトだったら、それは「教祖」とか「教団」に荷担しているのだからマズい、ということは言えるだろう。
しかし、アブダクティーが(それが偽記憶であれ)「体験」のみを心の拠り所にして毎日を過ごしている場合、どれだけ批判できるか、あるいはそれ以上に魅力的な「思想」を持ってこれるか。
……という難題が、(私には関係ないが)思想家には突きつけられている。

もちろん、アブダクティーがUFOカルトなどにハマってしまう可能性、というのもあるのかもしれない(本書の調査では、宗教観に関してはあまりデータを取らなかったようだが)。
あるいはアブダクティー自身がインチキ宗教をつくったりする可能性はないのか、ということもある。

だが「アブダクション」を通常人との決定的な「ズレ」と認識し、なおかつズレをズレのままにしてつきあっていこう、あるいはそっとしておこう、と考える作者・クランシーの結論は、従来のオカルト批判とは違った、非常に新しいものだということは言える(それがまったく正しいかどうかは置いておいて)。

まあ、アメリカ中産階級にとっても、それのマネをしている日本人にとっても「神」は死んだんだろうね。そしてその代わりをいまだに探せずにいる。
私は基本的に「懐疑派」の立場ですが、あれもウソ、これもウソ、と言っておいて「それじゃあこれからは、一人ぼっちで強く生きていきなさい」というのもねえ、と思っているので(別に「懐疑派」が常にそういうことを言っているわけではない)、本書に関しては考えさせられるところが多かった。

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コメント

いつも拝見してます。初めてコメント書かせて頂きました。

わたしも呉氏のオカルト批判、好きです。グレイ型宇宙人を
「人間が本能的に恐怖を感じる対象、黒目が大きく表情が
伺い知れない赤ん坊等からイメージされる生き物に過ぎず、
いわば現代の幽霊妖怪の類いに過ぎない」などなど。

「アブダクション」は確かに恐怖体験ではあるでしょうが、
逆に魅力的でもありますね。ウン十億人いる地球人の中から
自分が選ばれるわけですから(笑)この本、買ってみます。

投稿: よしかず | 2006年9月14日 (木) 21時26分

コメントありがとうございます。
呉氏は、ある人の「UFOがあったら飛んでどこへ行きたいですか?」みたいな質問に対し、「UFOはない、ないものは飛べない」というコメントを高く評価してたりしましたね。
あるいはスプーン曲げのスプーンと、民俗学的なしゃもじかなんかの関係について問題定義してましたっけ。

あ、あと実際気功を当ててもらったりといった実験企画もやってましたねえ。

紹介した本は面白いのでオススメです。

投稿: 新田五郎 | 2006年9月16日 (土) 05時00分

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投稿: hnxvdep fwaz | 2007年8月19日 (日) 21時56分

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