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【映画】・「丹波哲郎の大霊界2  死んだらおどろいた!!」

1990年
監督:服部光則、製作総指揮:丹波哲郎

参ったなあ……最近アクセス数下がりっぱなしなんですよ。たぶん、時流に即した話題(新刊、ロードショーの感想など)だけ選んで読まれているんじゃないかなあ。いやどんな読み方しようと自由ですが。

さて、丹波哲郎、たぶん現在80歳を過ぎてますよ。以前テレビで観て「おじいさんになったなあ」と思ったら、80過ぎればある意味当然ですわな。
最近はさすがにテレビで霊界トークをすることはなくなったが、一時期(80年代末から90年代初頭)は、丹波氏と言えば「霊界」であった。
その「霊界イメージ全盛期」の頃につくられたのが本作である。

まあ正直、「宗教の世界観」を表現しようと思ってつくられたものはたいてい退屈である。
なぜなら、宗教における世界観は完成されており、それ自体で完結しているからだ。当然と言えば当然で、常に変化を繰り返す世界観があったらそれは宗教とは言わないだろう。
また、多くの場合ひどく静的なものであることも、「宗教モノ」が退屈にならざるを得ない理由でもある。
特定の宗教にはまってからつまらなくなる作家が多いのもそのためで、しかもそれが新興宗教の場合、作家にも広めようという使命感があるから、物語にそのまま宗教的世界観を反映させてしまう場合が多いのだ。

さて、丹波哲郎が特定の新興宗教の世界観に基づいてこの映画をつくったかどうかは知らない(エンドロールには「真光」のクレジットがあるが、どの程度関わっているかは知らない)。
だが、やはりご多分に漏れずというか、その世界観は新興宗教がかってきてしまうのである。

たとえば「業(カルマ)」の概念と転生の概念を取り入れていながらも「自殺は最高の悪」とされるところなど、東西の宗教観を折衷していてベタである。
描かれる「大霊界」の光景も、まあそれほど突飛なものではない。しかも長い。
地獄に堕ちているものとして売春婦やオカマが入っているのも、今はちょっとマズいんじゃないか?  売春婦は「売春はいけない」ということの象徴的存在と言い訳ができても、「同性愛」を罪と断じることは言い訳のしょうがないだろう。このあたりも昔の西洋的価値観が入っているよね。

そのようなわけで、ヘタな道徳観には多少ウンザリさせられるが、前半部分、丹波哲郎自身が演じた「妻殺しの濡れ衣を着せられて死刑にされ、現世をさまよう霊」の描写はその役を丹波が演じているというだけで何か「はみ出した感じ」がある。
逆に天上界へ行って若返り、演じるのが息子さんになってからは主演のアクがごっそり消えてしまうのだが、後半部の「地獄」の部分でまたちょっと盛り返す。

「地獄」では、前述のとおり売春婦、オカマ、何でも破壊しろと主張する男、病人を殺した医者などがうごめていて、それぞれが代表者を立てて市長として立候補している。
退廃的なヒドい世界を描きたかったのかもしれないが、コレがなんだかすごく楽しそうな世界である。

なぜか売春婦から立候補したのは野際陽子で、「病人を殺した医者」はケーシー高峰である。
大騒ぎの末、市長となったのはキャバレーのママである。
「いいかい!  文句はないね!」
大ブーイングを力でねじふせたキャバレーのママは、市長になったお祝いにと他の地獄の亡者とともに飲めや歌えの大騒ぎをする。
わざわざ歌のシーンを取って、「ここは地獄の一丁目!!」と何度も歌うシーンもあったりする。なんだか手塚アニメっぽいですね。

自殺した知り合いを救うために地獄に潜入した主人公(導入部で丹波が演じていた男)は、妻を魂として体内に入れて隠すことができる。危ないと思い妻を体内に入れたまま彼はケーシー高峰に捕まる。
そして手術台で手術(解剖?)されそうになり、ケーシーが主人公の胸をさわると魂となって彼の体内に入っている妻が「あぁん」と色っぽい声を出してしまう!!
「こいつ、女の声なんか出しやがる!!」
……コレは笑うところですか何なんですか。

その後、鬼のようなメイクをした丹古母鬼馬二やダンプ松本に鞭で打たれて橇(?)を引かされる知り合いを助け出し、ほうほうのていで逃げ出す主人公一行なのであった。

やっぱり地獄の方が楽しそうじゃん!!
まあ、これも天国を「真に平和な世界」として描いてしまうとどうしても地獄の方が面白くなってしまうという、このテの映画の宿命とも言えるけどね。


ところで、本作や丹波氏の霊界トークが、特定の新興宗教の宣伝ではないと仮定した上での話だが、
時期的にはバブルが終わるか終わらないかの頃で、日本人が浮ついた雰囲気にどこか地に足の着いていない感じを持っていた頃である。
あるいは既成宗教がいかに力が無かったかという証明にもなってしまい、
さらにオウム事件が起こるのは、この映画が公開してから数年後なのである。

ま、そういうところに思いをはせる映画である。

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コメント

『大霊界』は、学研の「ムー」とタイアップしていたので、
公開時には「BOMB!」でもパブリシティの連載ページを作らされていました。

記事中で、丹波先生の霊界理論を解説する役割のライターが
顔出しで自己紹介写真を載せなきゃいけないことになっていたのですが、
実際に解説を書いたライターはナニカを恐れて断り、
他の誰もがナニカを恐れて断り、
とうとう、記事本体には一切タッチしていなかったオレが
怖いもの知らずなところを買われて(?)顔写真を載せさせられたんですよ。

だから、当時の「BOMB!」に載っていること全てを信じていた素直な読者には、
オレのことは今でも、誌面での紹介文の通りに
「大霊界のシンパ、霊界理論の熱狂的信奉者、『Gメン'75』以来の丹波哲郎ファン」であると
思われてしまっているのかも知れませんが、それは間違ってるぞ〜。

どうせ顔を出すハメになるなら、自分で正しく記事も書いておきたかったものですよ。
だってオレは『バーディー大作戦』以来の丹波ファンなんだから。

で、それは『大霊界』の第1作目の話。

『大霊界2』のほうには、
友情出演ゲストでタモリが出演しているらしいので、
タモリ研究のサイトを開いている身としては
一度は観ておかなくちゃいけないところなのですが、いまだ機会がない。

『大霊界2』のタモリの出番というのは、どんなものだったのでしょう?

投稿: 石川誠壱 | 2006年9月 5日 (火) 15時13分

貴重なお話ありがとうございます。
丹波先生の霊界理論は、何が元になってるかはよくよく考えると私、知らないんですよね。
「死後の世界は、あるんでぇす!!」
という小堺一機のモノマネに笑っていただけだったという。
額面通り受け取れば、19世紀頃からの西洋の心霊学なのかなと思いますが、
まあなんか裏側があってもおかしくないとも思います。

タモリの出演場面ですが、丹波哲郎の回想シーンで、裁判で死刑宣告されるときの裁判官を、さんまとともにやってました。
出番は1分無かったと思います。

あとカンケイないですが渡瀬真紀が天使の役で出てまして、リンドバーグ結成前かと思ったら結成後らしいです。それにちょっと驚きました。

投稿: 新田五郎 | 2006年9月 5日 (火) 20時41分

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