【映画】・「スーパーマン リターンズ」
公式ページ。
製作:ギルバート・アドラー、ジョン・ピータース
監督:ブライアン・シンガー、脚本:マイケル・ドウアティ、ダン・ハリス
故郷のクリプトン星がまだあるとかないとかいった説を元に、それを探しに行ったスーパーマンが5年ぶりに帰還する。5年という月日、何も変わっていないようでいて、好きなロイスが別の男と結婚してしまい子供までつくっており、スーパーマンはいささか動揺したりする。
一方、とっつかまえたはずの悪人・レックス・ルーサーが脱獄。どでかい悪いことをたくらんでいた。
町山智浩氏の「ストリーム」におけるスーパーマン話があまりにも面白かったので観る。
町山氏の話は、簡単に言えば「スーパーマンの元ネタは聖書なのだ、スーパーマンとは神の子なのだ」というようなことだが、
正直、この話の方が映画よりも面白かった(笑)。
いや映画本編のSFXはとにかくすごいのである。導入部の旅客機救出のシーンなど、大画面で観る価値は絶対にあるといっていい。
さまざまなギミックを持ったスーパーヒーローがいる中で、「空が飛べて力が強い」といったシンプルな能力が視覚的にこれほどインパクトをもたらすのか、という感慨にひたれるシーンである。
しかし、「スーパーマンの元ネタは聖書」という観点から観ると、やはり「スーパーマン」というのはアメリカの、移民たちのヒーローであって、日本人はとりあえずあんま関係ねーかなー、と思ってしまうことも事実である。
「キル・ビル2」において、確か敵役のビルが解説していたと思うが、スーパーマンとは「人間が変身する」のではなく、「常態がヒーローで、ふだんは人間に扮している」というヒーローである。要は多くのヒーローと比べて立場が逆なのだ。
まあ他にもそういうヒーローはいますけどね、今回の映画を観ていても、何となくイエス・キリストとかそっちら辺の人とダブってしまう。
いやまあイエスの何たるかは知識不足でわかりませんが、アメリカのスーパーヒーローがなぜ市民のためにはたらくかというとそれはノブレス・オブリージュがあるからで、しかしスーパーマンのそれはおそらく最高峰に位置する、たぶん「神の意志」なのである。
作品内では「神」的な位置にあるのは亡くなったスーパーマンの父なわけだけど。
スーパーマンの目的は、目先のトラブルを解決しつつ最終的には人類をよき方向に導くことらしい。これは完全に神の領域だと思う。
私がアメコミヒーローの映画化を好んで観るのは、アメコミヒーローは常に「善」と「悪」の概念の中で揺れ動く存在であり、そこに非常にシンプルかつ力強い「人間がスーパーヒーローとして生きる、その生きざま」を見るからである。
「超人的な能力をどう使うか?」を「力を得た人間のポリシー」と直結させるところもいい。超人的な力を人々のために使う「スーパー・ヒーロー」に対し、超人的な力を自分のためや復讐のためだけに使う「スーパー・ヴィラン」という悪役が対照的に配置されるのもそのためだ。
だが「スーパーマン リターンズ」を見るかぎり、スーパーマンとはア・プリオリに人類のために働く存在であり、悪に誘惑されるという危険はほぼまったくない。
こうして考えると「悪」というのは人間の限界性を凌駕しようとしたときに出てくるものなのだなと思えてくるがそれはまた別の話。
いちおう人間味を出すために、かつての恋人に未練を感じる描写があったりもするが、これはスーパーマンというキャラクターの神聖さを認識していないと単なるキャラづけとしかとられないだろう。
また展開も少々冗漫。第一、映画そのものが2時間半もあるのだ。2時間半もスーパーマン見たいか?
せめて2時間におさめて欲しかった。
監督のブライアン・シンガーは「X-MEN」などを観たことがあるが、全体的に演出に締まりがない印象。バカていねいに描きすぎるというか……また悪い意味で個性に乏しい。
「ハムナプトラ」のスティーブン・ソマーズくらい個性がない。ただソマーズの方がもっと大味だからブライアン・シンガーの方がマシなのかな。
まあ「退屈しのぎ」で2時間半使っていい、という人にはオススメする。
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