【アニメ映画】・「時をかける少女」
監督:細田守、脚本:奥寺佐渡子
紺野真琴は、元気いっぱい女子高生。男友達の千昭・功介と放課後に野球をするくらいが楽しみの、平凡な女の子である。
ある日、彼女は時間を超越できるタイム・リープ能力を手に入れた。「食べ損なったプリンを食べるために過去に戻る」などの、ささいなことにその能力を使っていた真琴は、自分の能力が他人に影響を与えるなんて思ってもいなかった。
しかし事態は思わぬ方向へ……。
(以下、ネタバレあり)
・深読み
本作は、2002年の『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』第40話「どれみと魔女をやめた魔女」というエピソードを膨らましたカタチになっていることは、異議は出ないだろうと思う。
アニメオタクではない私がこのエピソードを観ることができたのは、ひとえに観せてくれた人のおかげです。ありがとうございます。
で、もはやあらかた言い尽くされているであろうと思うので、妄想めいたところにまで思考を広げてみたい。
「どれみと魔女をやめた魔女」は、時の流れからはずれて永遠に生きることになった「魔女をやめた魔女」とどれみの心の交流を描いていた。時の流れからはずれるということは、絶対的孤独状態になるということである。
一方、今回のアニメ版「時かけ」における芳山和子はまだそこまでの状態には行っていない。何となく希望も残されているような感じではある。
だが、「時かけ」でも「時間の流れから完全に外に置かれた存在」として、「タイム・リープ能力を過去の時代の人間に知られ、なおかつ帰れなくなってしまう未来人」の存在がある。
ここからは深読みというか私の妄想だが、もしかして細田守監督は「時間の流れやコミュニティから完全に隔絶された人間がどう生きていくか?」をモチーフにしているのではないか? あるいはそうであってほしい、と思わせた。
確かに「時かけ」は甘酸っぱい青春の物語として非常によくできている。しかし「甘酸っぱい青春」がなぜ甘酸っぱいかというと、それは時間の流れの中で確実に失われ、なおかつ時間が失われると同時に、人は何かまた別のものを手に入れて年をとっていくからである。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」もそうだが、時間旅行というのは青春ものと相性がいい。
それは、「失われた、あるいは失われるであろう青春時代」をさまざまなかたちで取り出し可能になるからであり、この場合の「時間の流れ」というのはコミュニティ内における自分の立場の変化である。
では、そういうところからまったく隔絶してしまった人間はどうするのか? というところまで行けば、「時の流れ」をテーマにした作品はド名作になりうる可能性がある。「青春時代→その後の人生」という予定調和から離れることができるからだ。それは人生の深みということでもある。
たとえば「嫌われ松子の一生」は、そういうことをテーマにした映画だった。だから名作になり得た。
そして、細田守は似たような問題意識を持っているのでは? と、「時かけ」を観て自分は思ったのだった。
・影響
おっさん的視点に立つと、アニメ版「時かけ」ともうひとつ、アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」は、今の若い世代の共通言語になりうるというか、ひさしぶりにエポック的な作品が出てきたなという印象がある。
だがあくまで「おっさん的視点」であるとつけくわえておく。今はゲームもあるし、ネットもある。共通言語にはこと欠かないかもしれないし、あるいは若い世代にとって共通言語が果たして必要か、という疑問も成り立つ。
古い考え方からすれば、たとえばおそらく口コミにより、立ち見まで出る映画館で良質のアニメ映画を観ることは「同時代性の実感」ということにおいて、得難い経験だと思うのである。
「涼宮ハルヒの憂鬱」に関しても、アニメオリジナルでもマンガ原作でもなく、ライトノベルから出てきたことは若者の間で「自分たちのフィールドから自分たちの好きなものが出てきた」という共通感覚になる、気がするのである。まったく勘違いかも知れないけどね。
アニメ版ハルヒは1話しか観ていないが、良質のアニメである感触はある。
とすると、「時かけ」と「ハルヒ」は、萌えだの「動物化」だのとは離れた、直球勝負の作品として評価される可能性があるということだ。それは「萌え」とか「動物化」とか言っていた人たちは、考慮に入れなければならないと思う。
(もっとも、逆に言えば他に「動物化」という基準にあてはまる作品はゴマンとあり、アニメ「時かけ」と「ハルヒ」は旧世代の感覚でも理解できるからこそ、私みたいな古い人間がテキストを書いているという逆の考えも成り立つのだが。)
ま、そんなことを思った次第である。
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