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・「DEATH NOTE(デスノート)」(2)〜(12)(完結) 大場つぐみ、小畑健(2004〜2006、集英社)

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Deathnote12
週刊少年ジャンプ連載。
死神が人間界に落とした「人間の名前を書くと死ぬノート」、「DEATHNOTE」を使って理想社会を築こうとする野望を持った青年・夜神月と、探偵たちとの攻防。

雑誌連載時に最終回についてはあれこれ書いたのだが(これとかこれとか)、まとめて読んだのであらためて感想を書いてみたい。

しかし、基本的には全体通して不満はない。それは全編通して読んだ今も変わっていない。
まあ、後はファンとしてウダウダ書きますかね(以下、ネタバレありまくり)。

やはりニア&メロ編になってからの、キャラクターの弱さは否めなかった。
本作に関して、「犯罪者をいとも簡単に殺すような作品を描いていいのか」といった倫理的な声も多少あるようだけど、私は初代Lのときには、あまりそういうことは感じなかった。
確かにLは、イマドキ風の「パズルのように謎を解くことしか興味がない」探偵のように描かれていたけど、どこかに一片、「もしかしてそれだけでもないんじゃないか」という雰囲気があった。どこかにそういう具体的なシーンがあったわけではないと思うけどね。私の願望かもしれないけど(最終回の松田のように)。

ところが、ニア&メロ編になってから、この二人が正義のためにキラを追いつめているわけではないことはあまりにも明白になってしまった。ニアは「初代L越え」を謎解きのテーマに据えていたし、メロに至っては初代Lの前にまだ、ニアという存在が立ちはだかっていた。
まあ初代Lとのキャラとしての差別化を図るためには仕方がなかったとも思うが、結果的にそれが展開そのものを矮小化してしまった点は否めない。

それとは正反対に、月の父も含めた捜査陣は最後まで非常に良かった。彼らが純粋に「正義」を信じていたからこそ、本作は少年マンガの領域にとどまれていたのだし、物語後半で「解説役」を担った相沢や、コメディリリーフかと思いきや作品全体のテーマを背負っているかのような行動をした松田など、キャラが立っていた。
とくに「あなたたちはもはや蚊帳の外だ」と言われたときの相沢の表情は忘れがたい。

またニア&メロの話に戻るが、初代Lという強烈なキャラクターを二人に分割した印象のあるニアとメロが、初代L以上の存在になるためには、二人の仲違いから和解、そして協力によってキラを倒すところまで持っていかなければならなかった。
最後のトリックは非常によくできていたが、ミステリとしては完成されていても少年マンガとしてのカタルシスは少なかったことは明記しておこう。

なお、本作の数々のトリックに関しては、ネットなどで指摘されるツッコミはすべて些末な問題だと言いきってしまっていいと思う。どこかのマニアが重大な破綻を見つけだすかもしれないが、それも問題ではない。
本作は小説ではなく、マンガなのである。映画版で「活かされていない」とだれかに指摘されていたポテトチップの袋のトリックだって、それ自体はたいしたことは無い。あれの面白さは「マンガ的な面白さ」なのである。
また、ミサミサや松田などの「あまり何も考えていなそうな人々」の起こす無鉄砲な行動が物語を進展させるのも、マンガならではの面白さである。

最後に、テーマの問題である。
私がほとんど雑誌で読んでいなかったのは女子アナ・タッキィが現れた頃から対決の直前くらいまでだが、それでも最終回までの数回の印象は変わってない。
本作では少年誌で、おそらく冷徹に「人間は死んだら無である」ことを描いた、最初ではないかもしれないが数少ない作品であり、善は悪であり、悪は善であることを描いた作品でもあるという点で高く評価できる。

ラストシーンは、後継者などだれもいないだろうと思われる月にも実は後継者が表れるかもしれないという感動的でなおかつ戦慄すべきシーンであり、それは初代Lの後にニアやメロが後を次いだことと対応している。いや、それすらも越えた何かを月が残したかもしれないということを描いている。
しかし、月は無に返った。何とも言えぬ感覚のラストシーンであった。

それにしても、最後に表れた少女はミサだったのか?
個人的にはミサとして明確にわかるようにして欲しかった。
以下は私の妄想だが、二回、死神と目の取引をしているミサは、本来の寿命が100歳であっても25歳までは生きられない(しかもタッキィより年上、ということは少なくとも最終回近くでは23歳以上になっている)。
月の死の瞬間はだれも見ていないが、ミサの死の瞬間はみんなが見るかもしれない。
ということは、あの信者のような集団から、ミサは聖者として死ぬだろう。

恐いと言えば、いろいろ恐い話である。

(追記・訂正)
・コメント欄でご指摘がありました。「死神との目の取引」で半分になるのは寿命ではなく余命。だから、本来の寿命が80歳で目の取引をしたときに18歳だったらあと62年生きられるところが31年、だから49歳までは生きられる、ということになるようです。
よく考えたら死神は寿命というより余命を食って生きているんだからそういうことですよね。

・「最後の少女はミサではない」説の方が、強い気はしてきました。

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コメント

>二回、死神と目の取引をしているミサは、本来の寿命が100歳であっても25歳までは生きられない

「余命」が半分になるという設定だったと思うので、もう少し生きられます。
(寿命が大幅に短くなるのは変わりませんが...)

本来の寿命や契約した年齢によって最終的な余命は変化しますが、次のような計算になります。
例)本来の寿命が100歳で20歳の時に2回の取り引きをしたとすれば、
  1回目 余命 80年→40年
  2回目 余命 40年→20年
 よって、寿命は40歳と言うような計算になります。

寿命が半分になるのでしたら、契約した瞬間に寿命が尽きていて死亡という事態が生じる場合もあります。

投稿: Shin | 2006年7月29日 (土) 16時05分

ラストシーンは「新世界の神になる」と言っていた月がその存在が消えることによって神になることができたという皮肉でもあり、同時にキラ思想が単なる悪でなかったというメッセージでもあったと思います。

あの少女は特別扱いされていたのでミサかもしれませんが、私はミサでなく名もなき少女というほうがしっくり来るかなと思います。

投稿: caocao | 2006年7月29日 (土) 20時18分

名もなき少女説の理由を追加します。

ミサがその後どうなったか、月に関してどう聞かされたかが分からないので断定はできませんが、今のミサにとってキラはそれほど重要な存在でないはずです。
なのでむしろ「今」癒されない思いを抱えキラ思想にすがるしかない者のほうがラストには合うかと。

それとあの少女はたぶん茶髪だと思うのですが、ミサが聖女となるため髪を染めるのをやめたんなら地毛はやっぱり黒でしょう。茶髪に染めるのは不自然。

投稿: caocao | 2006年7月29日 (土) 21時31分

Shinさん>
そうでしたか! これでライトのお父さんが目の取引をしたとたんに死んだりしなかった理由がわかりました。
恥ずかしいので後で文章なおすかもしれません(笑)。

caocaoさん>
なるほど。確かに、ラストシーンはそれまでのエピソードと完全にぶったぎったと考えて、あの少女はミサではないと考えた方がいいかも。

投稿: 新田五郎 | 2006年7月30日 (日) 01時33分

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