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・「メッセージ」全2巻 江原啓之、和田育子(2004〜2005、飛鳥新社)

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女性自身連載のマンガ。
生まれ持った霊能力でカウンセリングをする男・安達信介の元を訪れる、さまざまな相談とそれに伴う安達の霊視、周囲の者の不思議体験などを描く。

主人公のモデルは、原作者の江原啓之。「オーラの泉の人」と言えばピンと来る人が多いだろう(私は「オーラの泉」はほとんど見たことがないが)。

しかし、これを読んだら考えれば考えるほど、わからない部分がある。
主人公・安達信介のやっていることは、簡単に言えば因果・因縁、霊、あの世、そういったものが「ある」と仮定した上での世界観を提示して、相談者の悩みを解決することである。
意地悪な目線で見ればやっていることはコールド・リーディングに過ぎないのではないかとか、カウンセリングにかかる側は当たった霊視は覚えていてはずれたものはすぐ忘れてしまうんだろうとか、言うことはできる。
言っていることも、まあ前向きに生きなさいとか、親を大切にしなさいとか、自分に正直になりなさいとか、亡くなった娘さんは供養したうえで現実を生きなさいとか、しごく当たり前のことにすぎない。

だが、たとえば壺を買いなさいとか他人を殺しなさいとか、そういうのでないかぎり、「別にみんな幸せにやってるならいいじゃないか」ということになる。
安達のやっていることは、無いことを「有る」と仮構したうえでやるカウンセリングだから、ものすごく厳密に言えば正統な方法ではない。また、もし安達本人が世界観を仮構していると自覚していない場合、いかに小規模でもそれは一種の宗教であるとも言える。

この辺が、今さらながら「う〜ん」と思ってしまうのである(ここでは実在の「江原」氏と、作品内の安達氏は分けて考え、フィクションの中の安達のみについて考えたい)。

私個人は、前世だとか、あの世だとか、霊だとかを引き合いに出して何かを納得する、しかもスピリチュアル・カウンセラーという赤の他人の力を借りて、というのは反対である。
オウム事件を引き合いに出すまでもなく、スピリチュアルな領域というのは現世で、現世的なことどもにとどまる、という保証がまったくないからである。
一般に宗教だとかオカルトだとかを信じる場合、信用できるかどうかはよほど厳密に教義と教団の実践を検証しないかぎり(そして、たいていの場合いちいちそこまでしないだろう)、社会的信用度だとか伝統だとかしか判断材料が無い。

新新宗教がぜんぶ悪いとは言わないが、普通に考えてそれに「賭ける」には既成宗教よりもあまりに信用度が薄い。
それは、霊能力者とかでも同じだろう。

しかしである。そこら辺の人を捕まえて、そんなに世界観や死生観について厳密に考えている人がいるかというと、そんなにはいないだろう。
自分にとってはそこが問題なのである。

まあたいていの人は「健全なオカルト感」とでもいうものを持っていて、幽霊を怖がったり迷信を信じたりすることもあるが、それで何百万円も寄付するとか、そういうところには至らない。
どこかにバランスがある。

だが、このバランスも、どこでどのように保たれるか、という根拠も保証もとくに何もない。
たとえば宝石が欲しいとしても、収入だとかローンが組めるかとか、とにかく手持ちの金から入手可能かどうか逆算できるのだが、宗教の場合、現世と離れたところに価値観を置いたりするから面倒くさい。
まったく「どうすんのよ!?」という感じである。

法事で坊さんの説法なんか聞いても「早く終わらないかなー」と思う人が、スピリチュアルカウンセラーの言うことは聞いたりするのである。
「それって、どういうことよ!?」と思うのだが、自分にはどうすることもできないし、胡散臭いことに変わる何かを提示することもできない。

俗論で「日本人の宗教観は、何でも吸収して独自になじみやすくしてしまう懐の深さ、悪く言えばいいかげんさがある」というのはよく言われることだが、
まああまり原理主義になってもマズいがそもそも「原理」とか「原典」に当たれないというのは、その宗教観の基盤となっている共同体が解体し続けている状態ではいかにも弱い。

だって、仏教における転生とあの世の関係とか、どうなっているとか私も忘れちゃったもんな。田舎に帰ると「ご先祖様は裏山で眠っている」とか言われて。何が正しいかとか仏典見ても書いてないだろうしさあ。
(だからこそ、原典主義を標榜したオウムに知識人たちが「朝生」でシンパシーを示すという一幕があったりした。でも、別におれら原始仏教信じてるわけでもないしねえ。)

何が言いたいかというと、スピリチュアルなんとかでも現実主義でもいいけど、無根拠にバランスが保たれている間は、そのバランスに人は気づきもしない。これは人々が「バランスそのものを意識しない」のだから、ものすごく安定した状態だとも言えるのだが、
いったんバランスが崩れると、「いったい何が崩れているのかわからない」という恐ろしい状態になるのである。
オウム事件はそういう状況の中で起こった、と自分は考えている。

そういう、まあ何というか、「ものの考え方の危機的状況」に、私個人は神秘主義的な考えはあまり寄与するとも思わないのだが、現状の知識人のヘタレっぷりを見ると、なんかもう日本はダメなのかなと悲観的な気分に浸ったりするのである。

と、いつものとおり紹介したマンガとはあまり関係ない話で終了。

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