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デスノート最終回(ネタバレあり)

……冷静に考えると、展開としてはけっこう穴があるんですよね。
でも、自分は映画「デビルマン」や実写版「鉄人28号」を見たときも思ったんですが、自分で勝手に決めたハードルがあって、それはとても低いハードルで、それを作品がクリヤするとそれだけでホッとしてしまうところがあるんですよ。

「デスノート」に関しても、とにかくとんでもなくガッカリな最終回にだけはしてくれるな、という(私にとっての「ガッカリ」は前述のとおりかなりハードルが低いんですが)、その懸念が取り払われただけでホッとしてしまったというか。

「デスノート」は、単行本では10巻ちょいで完結するはず。
「ワンピース」とか「ガッシュ」とか「はじめの一歩」に比べると、短編(中編か)とすら言える作品でした。
でも、それだからこそ、昨今の少年・青年マンガの中ではコンパクトにおさまっているからこそ、後世まで読みつがれる可能性は高い。

「デビルマン」は単行本で5巻しかなかったし、「あ〜る」も9巻くらいまでしかなかった。
友達の家に遊びに行って、ゲームの順番待ちをしている間に読める分量ですよね。
あるいは「勧められたから全巻一気買いしよう」と思ってできない巻数ではない。
そういう作品は「マンガの面白さ」を、マンガを読まない人に最初に植え付けられる可能性がある。

そういうスタンダードな作品になりえる可能性を、「デスノート」は秘めているから、
あんまりにもトホホな最終回だけはやめてほしくて、それだけを願ってました。
で、私の低いハードルとしては、この最終回は大団円的なものと意外性、双方(最低ラインかもしれないけど)クリヤしていたと考えました。

それともうひとつは、
最終回より一週前の、リュークが
「死は平等だ」
といったくだりにあまりにも感動してしまい、後はある程度どうでもよくなってしまったというのはある。

月は「まったくの虚無としての死」におびえ、苦しむ。
それは他の死んでいった人とまったく同じ。
あと、現代人の死生観にも通じると思ったんですよね。

さらにもうひとつ、
これは私個人の考えだけれど、第一部の頃から、
月は最後は無様に死ぬと思ってました。
というか、そういう願望があった。
まあ、最後に本当に「神としてのキラ」として、月が生きたまま君臨し続けるという可能性も考えたけど、
過去の作品群の「強大な力を手に入れて世界を改変しようとする天才」のパターンとしては、最後に思いがけない落とし穴があって破滅する、というのがおとしどころだったし、

まあ、原作者がどれくらい倫理観について考えていたかはわかりませんが、
「死のゲーム」を読者自身も楽しんできた以上、そして掲載誌が少年誌である以上、
私は月が「悪いことをすると報いがある」といった感じの死に方をすることは、小学生も読んでるマンガ雑誌の掲載誌としてはしごく当然のことではないか、と思っていました。

「月のやっていることは正義かどうか」は、オトナの議論(まあマンガのテーマを議論するのがオトナかどうかはおいておいて)だと思います。
少年誌だったらうむを言わさず「悪」ですから。

でも、そこにはスパイス的に、「あの怪獣は本当に死んだのか?」的なフリは必要で、
しかもフリがメインになっちゃいけないとも思っていました。

だからこの最終回はけっこう納得しました。

個々のキャラクターの動きなんかは、単行本であらためて確かめていきたいな、と思ってます。

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