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らのべ

全部が全部そうじゃないかもしれないし、編集者に「そういうふうに書け」って言われているのかもしれないけど、
最近2、3冊ライトノベルを読んで気になったこと。

・「シュゴゴーッと飛んでいった」とか「チュゴゴゴッとジュースをすすった」みたいな擬音の表現
まあ、昔はマンガに擬音が使われていることに違和感を持つオトナがいたことを思い出して、自分もそういうトシになったかと思い返して自分で自分のことを苦笑してしまったんだけど、擬音がどうのこうのというのはどうでもいいんですよ。
夢枕獏だって、「けくけく、と笑った」みたいなこと書いてたし。

それより気になるのは、その「擬音」が明らかにマンガやアニメの「擬音」で、文章表現を通してマンガ的、アニメ的なシーンを想像してください、というそういう合図だろうってこと。
それは果たして文章で読む意味があるのか?

・異様に世の中を突き放した一人称の主人公
まあ、青春小説には昔からありがちなことではあるんだけど、今の方がキツい気がする。「なんでみんなくだらない話題で盛り上がってるんだろう?」ってクラスの休み時間の同級生たちを眺めてるみたいな、そういう描写が自然に出てくる。
最近、マンガの「ボーボボ」に出てきた「よのなかなめろう」だっけ?  クラスメイトを見下していて全員かかしに見えるヤツ。あれなんかはそれのパロディだよね。読んで10分くらい笑った。

・「ベタな表現だが……」とか「ありがちな言い方だが……」と書きつつ本当にありがちな表現
コレはいくらなんでもナシだろう。しかも、一人称の登場人物ならともかく、一人称形式でない場合でも、説明がそうなっている場合がある。この「説明をしている人」は小説世界のどこにいてだれに言い訳しているのか。もちろんこの場合はパロディではない。
昔、新井素子がデビュー作で「いかにもおじさん、って感じのおじさん」という表現を使っていて笑ってしまったことがあるが、そういうのはやめた方がいいと思います。

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コメント

ラノベを読んだときの言葉にできないモニョモニョとした違和感(私の)をすべて完璧に表現して頂きました。
実にスカッとしました。
本当にありがとうございます。

投稿: 豊川 | 2006年4月13日 (木) 14時48分

ありがとうございます。書いたかいがあります〜。

投稿: 新田五郎 | 2006年4月15日 (土) 00時24分

マンガ・アニメ的なシーンを想像してもらうのを目的に、マンガ・アニメの擬音を使うという点に関してですが、文章で「読む」意味はあんまりないかもしれません。
ただ「書く」意味はあるのかな、という気がしました。

通常の小説の場合、明らかに文章が主、挿絵は従なんですが、ラノベの場合、絵の重要性がほかのジャンルに比べて著しく高いですよね。
個人的には「だいたいのストーリーとキャラ設定だけ作る→ラストの人にキャラデザを発注→そのデザインに合わせて文章を書く→イラストの人が単行本掲載用イラストを起こす」なんていう、アニメに近い作り方をしている作品もけっこうあるんじゃないかと思うんですよ(憶測ですけど)。

つまりマンガ・アニメ的要素がまず前提にある。
それを小説でやるというのは、まあこれはアニメのドラマCDと一緒な部分はあると思ってまして。
ぶっちゃけた話「本当は絵で見せたいけど作画がおっつかない、つまりイラストの人がそんなに描けないから、絵を読者に脳内補完してもらえるような文章を書く」っていうような意識は、あるんではないかと(ドラマCDはそれを音でやってるわけですね)。

マンガやアニメでそれをやると、作画の手間がすごくかかりますし、費用も馬鹿になりません。
しかし小説でやっちゃえば、時間がかからないので作品数いっぱい出せるし、コストもかかりません。
つまり極めてお仕事的な見地から、やる意味はあるのだろうな~などと推測しました。
まああくまで憶測でしかないですけどね。

投稿: しばた | 2006年4月16日 (日) 12時53分

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