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「本」幻想

自費出版 ある専門会社の倒産

ときどきテレビでも紹介されている「自費出版専門」の会社。
同人誌製作をかじったことのある人なら、(良心的なところもあるだろうけど)ちょっと法外な値段で本をつくってるなあ、と思うだろう。
それでもギブアンドテイクで関係が保っていればいいが、「倒産」などということになると「本」に対する一定層の幻想、そのこだわりが生のかたちで露呈することになる。

最初は私、単なる無知の問題だと思っていたような気がする。
同人誌をつくっている人の中で、1冊に何百万もかけている人など聞いたことがない。
「書店に自分の本が並ぶ」ということに魅力を感じている、逆に言えば「つくるのはいいが、どう売ったらいいかわからない」ということが、このテのビジネスが流行る大きな理由だと思ったからだ。

しかし、だんだん時間が経つに連れて、被害にあった人たちがどんどんかわいそうに思えてきて、
「コミケ」と簡単に比較していいものかとも思えてきた(コミケと比較すると、とにかく自費出版ビジネスの本は高い場合が多いのである。だからみんな比較したくなるし)。

というのは、それでは「コミケ」を通した流通形態が果たして「自費出版ビジネス」とまったく好対照な、実質性を持っているのかという疑問が、私の中に浮上してきたということでもある。

コミケがここまで拡大した大きな理由として、「マンガ」を印刷して出版して販売する、ということがある。

そんな「もしも」はそもそも「もしも」として成り立たないが、もしもアマチュアの「小説」とか「論文」の大ブームが起こり、それを売る同人誌即売会が出来たとしても、さすがにコミケのように拡大はしないだろう。
(「文学フリマ」だって、コミケ並みに拡大はしないだろう。)

インターネットが流行り始めた頃、ネットコミックの可能性がささやかれた。「流通」の良さということで言えば、ネットの方が実際に本を持ち出して頒布するのとは比較にならない。
しかし、現在、ネットコミックという1ジャンルは存在してはいるが、それは「コミケ」の存在価値を無くす方向にはまったく行っていない。

やはり20ページ以上のマンガをクリックしながら読むのは面倒くさいとか、物質として所持していたいとか、いろいろな理由がある。「文学フリマ」も一定の成果をおさめているようだが、「小説」も、ネット上ではある程度の分量になると読みにくいということがある。
あ、電子書籍に関しては売り上げ等、どうなのか調べてないけどね。

で、確かに「コミケ」という流通形態は「作品を読んでもらう」という実際的なコトに関して、最適だからこそここまで維持されてきているのだろうけど、そこはやっぱり「本」だろうやっぱり、とも思う。「本」としての幻想はあるだろう、と。

たとえば私がやっているような評論系の同人誌の場合、「読みやすさ」ということで言えばネットとほとんど変わりがない。しかも、アクセス数、書かれたモノがどれくらい人の目に止まるかを考えたらネットの方が断然上である。
これはもう比較にならないくらい上。

というより、公共の利益(?)を考えたら、そんなに儲けの出ないマイナージャンルの研究・評論本なんかの場合、データなどはまるまるネットにのっけてしまった方がいい、と言うこともできる。

つまり「情報を何らかの流通に乗せる」ということだけで言えば、評論本の場合、ネットの方がはるかに効率がいい。

しかし、自分はやっぱり本を出し続けている。
他人はどうか知らないが、自分の場合、それは「カネを出して、ブースに足を運んでまで本が欲しい」という人の熱量を感じたいから、ということが大きい。
どうも本質的なところで、ネットでの「反響」というのは信じられないところがある。逆に言えば、同人誌として出したときの反応の方が信じられるような幻想(そうです、それも幻想なのです)が自分にはある。

それはもちろん利益としては無形のものである。それが、自費出版ビジネスでコミケ同人誌の金銭感覚からすると倍額以上のカネを払って本をつくっている人の、「大型書店に行って、自分の本が1冊でも売られているのを見て悦に入る」ということとどれほどの違いがあるかというと、幻想の度合いということで言えば大差ないとも言えるんじゃないか、と思うんである。

勝手な想像だが、自費出版ビジネスで大枚はたいて本をつくる人は、本づくりを「儀式」的なものだと思っているのではないか。
自分史ブームだというが、自分の人生をまとめるということがそもそも「儀式」そのものである。
お参りに行って、お賽銭はずんじゃうみたいな。
印刷に関して無知ではあるにしても、多分にそういう要素があるのではないかと思う。

売れる売れないの問題にしても、「書店売りをする」ということは売れて欲しいのだろうが、じゃあだからといって、完全に売らんかなな内容にしたいかというと、自費出版をする人は絶対にそうしたくはないだろう。
たとえば自分史にしても、その人の人生の中で最も恥部だと思っている部分が最も他人にとって面白いから、そこの分量を他の部分の倍書いて出した方がいい、などとアドバイスしても、ぜったいに従わないに違いない。

だって「儀式」だから。儀式に実質は伴っていけないし、また神聖なものだから。

そしてまた、そういう「儀式」的な部分はコミケの同人誌も多分に持っている、とも思う。

まあ、だからといって払わんでいい金額を払わないでいいとは思いますがね。

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