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・「ガキ警察」最終回(週刊少年チャンピオン16号、2006)、あとちょこっとアクメツの話

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藤井良樹、旭凛太郎の「ガキ警察」がこの号で最終回を迎えた。1ヵ月くらい前に。
自分は「ふぬけ共和国」における第1巻のレビューにおいて、

橘雷とは、虚構世界では本当は「失われた10年にひとつの逸材」ではなく、70年代中盤からほとんど姿を消した「失われた30年」の後に現れたタレサンイズムの正統後継者なのだ。

……と書いた。
「ガキ警察」は、私個人は「70年代的な価値観で、現代の事件を斬る」というのがテーマ(裏テーマ?)ではないかとずっと思っていた。
当然70年代といっても重層的である。
ひとつには自分を抑圧してくる強大な権力に対抗して敗れ、死んでいく破滅型ヒーローの系譜があり、
もう一方では、滅私的ではあるがときにはストーリーの狂言回しになる場合もある「ダーティー・ハリー」的刑事の系譜がある。

主人公・橘雷は、後者っぽいふるまいをしながら最終回近くになって「刑事」のワクにおさまりきれなくなり、前者的な展開になっていく。
70年代だったら、雷は悪人とともに死んで終わりだったかもしれない。

ここで、今日的な問題が出てくるのだが、現状のアクションでは「特攻的に死ぬ」ということはなかなかむずかしいのである。

もちろん、それはオウムがあり、911があったからである。
70年代に、特攻的に死ぬヒーローが多かったのは、日本の場合「お国のために死ぬ」ことが是とされた時代があり、それに対して「お国のため以外に、人は死ねるか?」という命題が戦後日本人につきつけられていたからだ。
(「愛と誠」における「君のためなら死ねる!」もその系譜に位置する。)

しかし、「死ぬ死ぬって言ってもさあ、死ぬより生きた方がいいんじゃないの?」的な80年代、「おめおめと生きる」ことに価値を見いだすといった雰囲気を経て、90年代半ばに本当に「お国のため以外の理由で特攻する」人間が出てきてしまった。
90年代半ば過ぎには、すでに「お国のため以外の理由で特攻する」ことは世界的に見ると戦争の新しい形態であり、国内的には(オウム的には)時代の病理とでもいうものになっていた。

コレでは、主人公は死にたくても死ねないのである。
実際、「ガキ警察」でも「自殺サークル」を取り上げた回もあり、作者はその辺のことには意識的であっただろう。

また、橘雷のキャラクターも、絶望している犯罪者や被害者たちに勇気を与えて回るような役どころだった。
だから、最終回でもやっぱり生きた。
「ガキ警察」を評するとき、やたらと70年代と比較した私ではあったが、最後まで「ガキ警察」というポジションにとどまったラストは、現代的だと言うことができる(「ダーティ・ハリー」の1作目なんて、最後に確か警察手帳を放り投げて終わりだからね)。

「俺もおまえも このカッコ悪ぃ世の中で 死ぬまでドロドロ生きるしかねえんだ!!」

っていうセリフ、はっきり言ってダサい、ストレートすぎてカッコ悪いんだけど、まあそれが本作全体のテーマと言えばテーマだろう。
本作の主人公は、「何か」と戦って死ぬだけではもうダメだということをわかっている。
だからこういう結末になったことは、とてもよく理解できた。

単なるアナクロニズムではなく、私はこのラストは立派に現代的な解答だと思うがどうなんだろうか。

さて、その次の週、17号で連載が終わったのが田畑由秋、余湖裕輝の「アクメツ」である。
もともと明らかに過剰気味な制裁を、現実の社会問題の元凶と思われる人々に下してきた「アクメツ」。
こちらは「ガキ警察」とは対照的に、最後は死を迎える(まあ、ネタバレにはなってないでしょう。ここまで書いても)。
70年代的な特攻的死は、抑圧が強大すぎる絶望から来るものだった。「アクメツ」の場合は、ヒーロー側にも敵に匹敵するくらい強大な力を与えたらどうなるか、という思考実験の一種だったようにも思える。

で、どうなるかというと、主人公はやっぱり死ぬのである。
「アクメツ」に関しては、ちょっとまとめて考えてみたいと思っているが、とりあえず連載が終了した直後に考えたのは、「大義」のもとに天誅を行い、しかもそれがかなり遂行率の高い計画である場合、それが許されるかどうかという命題があったということである。

逆に言えば、「天誅」の遂行率が低い場合は主人公の「賭け」の要素によってその罪はある程度斟酌されるが、そうでない場合はされない、とでもいうことだろうか。
なんにしろ、70年代以降のヒーローの系譜としては死ねないが、「アクメツ」は「死」という結末以外考えられなかったということ、それはどういうことかということである。

バラしてしまうと、

「ガキ警察」ではテロを否定したところから出発し、
「アクメツ」はテロを肯定するかのような展開で引っ張っていって、最終的には責任を取って死んだということである。

このあたりには、21世紀に入ってからのヒーローものが何を描けばよいのか、重要な示唆が含まれていると思う。

おわり。

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