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うーむ日記

これねえ。

まあ、最大限レビュアーの意図を読みとろうとするなら、
2つ思いこみがあると思う。
一つは、ドキュメンタリー(実体験を描く、ということ)について。
もう一つは、ギャグについて。

まずドキュメンタリー。
もちろん、「実体験を描く」ということとドキュメンタリーはイコールではないが、話をそこから始めないと始まらないもんでね。
ドキュメンタリーだって、対象を徹底的に突き放して見て描くか、あるいはとことん対象に肉薄して、自分が出来事の一部になって描くという方法があり、どちらがいいかには議論がある。

「実体験」ということに絞れば、自分と出来事との距離感には無限の取り方がある。
まるで他人事のように自分のことを描く人もいれば、
自分と対象物が不可分であるかのような描き方をする人もいる。

「事実を描く」という点ではどちらも正しくは、ない。
ぜったいに正しくはなれない、と言った方が正しいか。
しかし、とくに自分の体験である場合、完全に客観的にはぜったいになれないのだから、客観視するにしろ、自分と対象を不可分のものとするにしろ、その触れ幅のどこかに自分を定めなければならない。
「実体験」とは、事実をそのまま見るということではなく、その「実体験者」の視点というフィルターを通して、読者が追体験することだ。

で、その「触れ幅」のどこを好みとするかは、まあ人それぞれだろう。
この「人それぞれ」っていうのが重要で、「実体験はこう書かなければならない」という正解は、私は無いと思いますよ。
(もちろん、面白いつまらないの差はどんな手法を用いたってでてきますが。)

それと、「『実体験』の部分が本当に聞いた事も無いような出来事ならば コミカルに描いても成立するかもしれません。 」って書いてあるけど、
それは逆でしょう。

聞いたことのないことは、読者は想像できないのだから、「常識」というおとしどころをきっちり規定しないとどこで笑っていいのかわからなくなってしまう。
それに、珍しいだけの題材なら「コミカル」にする必要もないでしょう。
「珍しい体験」という「ネタ」があって、それに「コミカルに肉づけしてやろう」って思うのは、もうそれだけでフィクションの作劇法ですね。それは極端に言えば「ウソをついてやろう」ってことだから。

もっとも、実体験を描く際にすべて本当でなければいけないか、という問題もあるんですけどね。

それと、後は「人間って何だ」ってことだよね本当に。
どん底なのに笑うしかないってこともあるし、
幸福の絶頂で無性に哀しくなることがあるかもしれない。

そういうことでしょ。
とくに「実話」っていうのは、話者がたいへんでも聞いている方が笑えてしょうがないとか、
話者が笑わせようとしているのにそれがかえってイタくて哀しいとかね、
そういうこともあるジャンルだから。

そういうのがわかんないとね、まあはっきり言って読んで感想書くのはキツいですね。
ネット上ではどういう評価がくだるのだろうと、漠然と思うけど。

追記:
未だにトラックバックってどういうものかわからないので、リンク先には送らずにいたんだけど、後から送りました。

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マンガにまつわる雑記」カテゴリの記事

コメント

10代の意見ならこれでも納得なんですが、32歳というのはさすがにビックリしました。大丈夫か日本?
この人はどうもホームレス生活を「悲惨、ダーク」に書くことがリアルだ、と思ってるみたいですが、それはちょっと違うだろうと。もちろん陰惨なことは色々あるでしょうが、そうした世界にだって日常の営みとか笑いは絶対あるわけで、それを描くことだって立派な「リアル」ではないかな?と思います。
まぁ、トップを観たらあまりにあれな感じのサイト構成なので、呆れる気力も失せたのですが・・・

投稿: ガルシアの首 | 2006年3月17日 (金) 21時51分

80年代ってなんだったの?
と言いたくなりました。

こういう、ギャグは真実とは違う、というような堅苦しさ
(権威主義といってもいいかもしれない)
を切り崩していったのがVOWや泉麻人や
路上観察やナンシー関だったと思っていたのですが……。

ギャグとドキュメンタリーは両立する。
事実を笑いながら伝えるのも、深刻な顔で伝えるのも、一つの態度です、
というのは私の中では常識となっていただけに、おどろきました。

投稿: といち | 2006年3月17日 (金) 22時47分

あの調子で書き溜めて、たま出版から本を出せば
「と学会」が喜ぶでしょう。

投稿: きしめんだいすき | 2006年3月19日 (日) 12時53分

いや、でも、こういう人は『ベトナム観光公社』の昔から、いたわけですよね。
「世の中には茶化していいことと悪いことが…」
ある種、日本人の反応のひとつの典型なのかも知れません。

投稿: 石川誠壱 | 2006年3月19日 (日) 13時46分

…と、思ったのですが、
この人の「想像力のなさ」というのは、
やっぱり図抜けてヒドいわ。ヒドすぎるわ。
この人の『鋼の錬金術師』レビューを読んでみて、よく分かりました。

「お笑いの放送作家」が全員このレベルか、と思われると辛いです。

投稿: 石川誠壱 | 2006年3月19日 (日) 14時17分

同人誌でレビューをやっている人というのが、かつてはいました(今もいますが、ネットで発言できる、という道があるために少しニュアンスは変わってきていると思います)。
で、そういうのもヒドいのはいっぱいありました。
だけど、レビューの同人誌って売れないんですよね。売れないということは読まれないということです。
それにレスポンスだってネットに比べれば新幹線と飛脚くらいの速度の差があったから、それほど目立たなかったと言えます。

だから、今回もスルーしようと思えばできたんですが、
別のサイトでもテキストの添削めいたことをしてましたが、
どうにも直したくなる文章だったのでつい口出ししてしまいました。

一方で、ネットでこういう書き方をすれば、必ずマイナスの反応は出る。
でもただ罵倒するだけでは書いた人に伝わらないだろうから、マジメに自分の反論を書いてみる、ということが必要なのではないかと思ってやりました。

この件に関しては必要なやりとりは済んだ(私が直接レスをもらったわけではないが、他のところでのやりとりを見て)と考え、
この件はこのまま終わりにしとう存じます。

私の、義務(単なるおせっかいとも言う)は果たした、ということで。

投稿: 新田五郎 | 2006年3月19日 (日) 21時45分

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それは強調しときます。 ただこれは読んでいて、絶句した。 不快感とか怒りの前に、絶句。 >どうもこの【コミカル】なタッチが余計に感じます。 いや、そこが最も重要なとこだろう。 うーん、趣味嗜好の違い、でスルーすべきかなあ…。 人によって受け取り方は様々だからね…。 でもこれはさすがに絶句してしまったんですよ。本当。 ... [続きを読む]

受信: 2006年3月17日 (金) 20時11分

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