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・「パチスロ7 Jr.」3月号(2006、蒼竜社)

鶴岡法斎、宮塚タケシ「ヤマアラシ」が最終回。

ゆかりと同棲を始めてから、安心感とともに、一人だった頃と違う不安感が頭をもたげてきた堀田。

彼女に食べさせてもらうような状態がイヤで、熱があるのに無理をしてスロットを打ちに行き、倒れてしまう。

しかし、堀田にはそんな彼を気遣ってくれるゆかりがいて、仲間がいた。

確か5年くらい連載していたと思う。

実はスロットをやらない私がスロットマンガを読んでいたのは、「パチスロ7」で石山東吉のぶっとんだパチスロマンガ「ランブルアイズ」をやっていたからという理由がひとつ。

それともうひとつは「ぶっとび系」のマンガを探すためには、5年前にたぶん今以上に種類の多かったパチスロやパチンコのマンガ雑誌を読まなければいけないのではないか、と思ったからでもあった。

結果的には、最後までじっくり読んだのは、ぶっとび、という意味あいとは正反対の、渋みのあるこの作品だった。

私も全部のパチンコ・パチスロマンガ雑誌を読み続けたわけではないが、「攻略中心」という特殊性と、それともうひとつは景気の悪さ、世間全般の余裕の無さもあったのかもしれないが、物語性のあるマンガ作品が意外に少なかった印象がある。

しかし、本作はパチスロがまったくわからなくても読むことができる作品で、なおかつ、ギャンブルで勝った負けたという側面より、スロプロ・堀田を取り巻く、二十代後半から三十代初めの、ひととおり青春時代は過ぎ去ったはずの年代の青春群像、という要素が強かった。そこに興味をひかれた。

堀田のスロプロとしての不安感と、同年代の人間が就職や結婚をしていくという焦りと、そんな中からでも自分のプライドを紡ぎ出していくという過程がカッコよかった。

一方で、堀田がうらやんだりときには劣等感を感じる友人たちにもそれぞれ選択した道があり、悩みがある。

それを描いていたのもよかった。

また、連載の流れとしては、すべてが続きものという雑誌ではないので、おそらくどこから読んでもある程度意味がわかり、なおかつ長期連載として、ワンパターンのフォーマットを持たないというテクニックが要求された作品であったように思う。

そういう舵取りの中で、それぞれのキャラクターが成長したり、居場所を見つけたりした。

二十代後半〜三十代前半の人間の、不安と、一方で、苦しいことばかりじゃないとか、生きててよかったと思える日があるんだとか、そういうことを描いていたことがこの5年間で、他のマンガや社会状況とも合わせて重要だったように思われる。

キャラクターたちが、妙なニヒリズムというかシニシズムに陥っていない点が、とても地に足の着いた感じを与えていたと思う。彼らの悩みは観念的なものではなくて、「自分はどうなっていくんだ」ということだし、何というか「悩む」ということに変な言い訳はつけていなかった。

たとえば、どちらかというと斜に構えた態度をとってしまう堀田も、自分がスロットが大好きだということは隠さない(浅野いにおとか、沙村広明の「おひっこし」とかにはこういう部分が欠けていると思う)。

本作での自分が好きなシーンは、いろいろあるけど、確か時間つぶしに入った映画館(明らかに、今は亡き新宿昭和館)で、堀田の友人が任侠映画を見て泣いているところ。

あれが何となく、本作の登場人物の性格を表しているような気がする。

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コメント

正直、数は出ている割には「語ることの少ない」マンガジャンルで仕事をしているのでこういうのって凄く励みになります。

投稿: 鶴岡法斎 | 2006年2月13日 (月) 21時41分

作者からそう言っていただけると、嬉しいです。

投稿: 新田五郎 | 2006年2月14日 (火) 06時51分

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» パチスロ7Jr [鶴岡法斎の『放浪都市』]
10日に発売です。 5年くらい原作をやらせていただいた『ヤマアラシ』が「第一章・完」ということになっています。 自作をあれこれいうのはちょっと気が引けますが、まあスケジュール的にも精神的にもいろいろと大変だったなか、何とか着陸できた、と思ってます。 [続きを読む]

受信: 2006年2月13日 (月) 13時31分

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