トップページ | 2006年3月 »

2006年2月

【映画】愛と誠 完結篇

1976年、三協映画
監督・脚本:南部英夫、脚本:山根成之、長尾啓司、原作:梶原一騎、ながやす巧
出演:早乙女愛、加納竜、柴俊夫

愛と誠が通う花園実業高校が、理事長の息子・砂土谷峻率いるヤングマフィア「緋桜団」に占拠されてしまう。
誠は峻は戦うことになるが……。

映画の出来としては中の下くらいだが、30年経った現在では到底考えられないストーリー展開に耽溺。
この頃の学園ものは、「学園もの」であって「学園もの」ではない。いつでもキャラクターたちがスタスタと校門をくぐり抜けて出ていってしまうような感触がある。
「学校」という空間に囲い込まれた中でいかに生きるか、ということを本気で命題にしていた作品が、70年代当時あったかどうかも疑わしい(「中学生日記」ってこの頃からあったかな?)。

80年代に入ってからの「金八先生」あたりから、ようやく同世代の子役を使うようになってややリアリティが増すが、それまではきっと「学校」に何の執着もない人たちが撮っていて、当時はあまりにもありえない設定や展開にあきれていたけど、今見るとかえってすがすがしい。

主人公が自分を「いらない人間」と規定し、どこまでも捨て身の行動を繰り返していくさまは、「いらない人間」の根拠が不明なだけに不気味で、なおかつ鮮烈な印象を与える。

早乙女愛は梶原一騎のキャラクターとしては、「あしたのジョー」の白木葉子などのバリエーションだが、「いいとこのお嬢さん」を聖女にまつりあげるさまは、今考えるとかわいらしく感じられるところもある。

ラピュタ阿佐ヶ谷でレイトショー、金曜日まで。

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【書籍】・「封印作品の謎2」安藤健二(2006、太田出版)

fuin02

[amazon]


いつの間にか見られなくなってしまっているアニメ、マンガ、特撮。その理由を探るルポの第2弾。

今回取り上げられているのは、「キャンディ・キャンディ」、「ジャングル黒べえ」、「オバケのQ太郎」、「サンダーマスク」の4点。

もうね、読んでいくうちに泣けてくるんですよ。前作以上に、封印された理由の「どうにもならなさ」が浮き彫りになってきてしまって。
この中で、まずまず今後、何とかなる可能性があるのは「ジャングル黒べえ」だけじゃないですかね?

後はやっぱり、構造的、複合的な理由で封印されている。
マンガやアニメが巨大産業になっていったことが一因であるとか、コンテンツビジネスの整備化であるとか、そういうことが関わっているし、それに人々の感情的な部分がからんでくると、これはもうどうにもならないでしょう。

「封印」ということで真っ先に思い浮かぶ「差別問題」に関しては、今回は「黒べえ」が唯一関わっていると言えるのかな。
「ちびくろサンボ」の封印問題とも対比されて語られているけど、80年代のもろもろの差別糾弾、噂には知っていたし、それに対する抗議の声も知っていたけど、自分が当事者だったらどこまでつっぱれるかというのはわからないじゃないですか。
その辺も含めて泣けてくる。

「黒べえ」の項の最後に、サンコンさんに黒べえのアニメを見てもらって「差別だと思うか?」と筆者が聞くんですよ。
「ぜんぜん差別だと思わない。」ってサンコンさんが言う。
「日本に来たばかりのときは、日本人は黒人が嫌いなのかと思って黒人グッズなどに批判的だったけれど、日本人と接していくうちに考えが変わって、そう思わなくなった(大意)」的なことを言う。

サンコンさんの意見がアフリカの黒人全員の意見だとも思えないし、本書の演出としてのあざとさも感じるんだけど、ここでやはり泣けてしまうよなあ。
それだけのものが、私の知るかぎりアニメの「黒べえ」にはありましたしね。

もっと泣けるのが「オバQ」封印の経緯。
実は、本書を読んでも真相はサッパリわからない。だけど、わからないだけにたぶんどうにもならないんだろうな、ということだけはわかる。
そのせつなさに、泣けてくる。

さて、封印作品は、「封印されている」というだけでタブー視されたり、逆にまつり上げられたりするんで、私個人の、今回取り上げられた作品の「価値」をオレ基準で書いてみたい。

・「キャンディ・キャンディ」
本書の作者は、何となく本作には「古さ」しか感じていないようだが、私は「キャンディ」直撃世代。
小学生の頃、風邪をひいた妹に「何でもいいからマンガ買ってきて」と頼まれて、面倒くさいから「キャンディ」の2巻(笑)を買ってきて読ませたら「面白い! なんで1巻じゃないの!」って言われて、私もけっこう夢中になって読んだ。
少女マンガの、いい意味でのオールドスクールな魅力が総合的に詰まっている作品。
「オールドスクール」と言っても、いがらしゆみこの作風はたとえば「バレエもの」とか「かわいそうな少女もの」などの、「古い少女マンガ」とはまたちょっと違う魅力があった。

少女マンガの発展史としては、70年代から80年代にかけての、エンターテインメント路線の中間的な位置にある人なんじゃないかと思う。

本作が封印されることの懸念は、年月が経てば経つほど決定的に古くなってしまうタイプの作品だということ。
10年くらい経って封印が解かれても、歴史的な意義しかなくなってしまうだろう。

・「ジャングル黒べえ」(アニメ)
コレは再放送をけっこう見ていたから覚えている。
出崎統だったと知って納得。物語が進展し、黒べえが魔法を使うところがクライマックスとなって大騒動になる、という毎回のパターンは同じ出崎監督が関わったという「ド根性ガエル」にテイストが非常に似ていた。

後半からはライバルの、ちょっとインテリっぽいピリミー族がやってきて毎回ヘンテコな動物を呼びだして黒べえと対決する。

黒べえのおとうさんがやってくる回があって、ジャンボジェット機を鳥だと思ってロープでつかまえて、逃げようと思ったジェット機が空でグルグル回っていたシーンがあったと記憶する。

要するに、人間のプリミティヴなパワーでの文明批判をギャグでやっているという意味では映画の「クロコダイル・ダンディー」みたいな話。

出崎ファンなら、一見の価値アリだと思う。

・「オバケのQ太郎」
本書ではマンガ版「新オバQ」の方が面白いという評価だが、マンガ版「旧オバQ」はやはり藤子不二雄のヒット作であるということや、それ以前や同時代の他作家の似たパターン(普通の少年と不可思議な存在との交流)と比較することには意義がある。
「丸出だめ夫」とかね。
また、(他の作家のギャグマンガに比べて)スタイリッシュでありながら、高度成長期の日本が背景になっているところも見逃せない。
たとえば、旧オバQから「空き地の土管」の描写が見られ、それは70年代に入ってからの「ドラえもん」にも見られる。 このことは、藤子不二雄の感覚が70年代に入ってからも60年代頃の日常生活を意識していた証左ではないだろうか(かなり後になっても、作品の普遍性を保つためにわざとのび太の生活を時代に合わせて大きく変えることはない、みたいなことを藤子不二雄が言っていた記憶はあるが)。

反面、「ドラえもん」のもたらすガジェットは旧オバQ時代にはそぐわない。
オバQのまぬけさや化けられないという設定は、この時代の「不自由だけど楽しい」という感覚に裏打ちされていたような気がしてならない。

・「サンダーマスク」
90年代以降、伝説化してしまったと知って驚いた。
5歳くらいのときに毎週見ていたが、内容をまったく覚えていない。
だけど楽しく見てましたねー。手塚治虫のマンガ版も、ほとんど手塚を読んだことのない私でも買って読んだくらいだから、この作品には郷愁を感じます。

【参考】
「封印作品の謎」感想

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (1)

【イベント告知再掲】鶴岡法斎のエログロハイセンスVol.6

「鶴岡法斎のエログロハイセンスVol.6」
いよいよ一週間後にせまってきました。

(以下、NAKED LOFT公式ページより引用)

(ひょっとしたら)10時間耐久トークイベント。自らの無駄話の限界に挑戦! そして以外な真実も明らかに。

【出演】鶴岡法斎、新田五郎 他、交渉中

日時:3月5日(日)

OPEN18:30/START19:00

¥1,000(+1drinkから)

場所は、新宿のNAKED LOFTです。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

・「桃魂ユーマ」(2) 井上元伸(2006、秋田書店)

tokon02

[amazon]

チャンピオンRED連載。
不良ばかり集まるが退学制度がない高校。ユーマは身長180センチ以上のデカ女だがゴスロリファッションが大好き、高校の中でもゴスロリ仲間と一緒に乙女な時間を過ごしていたい。
しかし、校内にはただでさえ奇矯に思われるゴスロリを嫌う不良やビッチが大勢いて、かかる火の粉ははらわにゃならぬと、意にそわない肉弾戦で毎回相手をボコボコにやっつけるユーマであった。

そこに強敵登場。なんつーのかな? ファッション的には。むかし辻加護が衣装で来ていたような服を好んで着る、小柄な美少女・有栖真琴。
それだけならいいが、そのテのファッションを強要しては従わない者にブチ切れる。
しかも、彼女は戦時中に開発されたという「本土決戦用武術」の体得者だった!!

アリスを敵だとは思えず、同じ仲間だと思って同情してしまうユーマ、とつぜんいいヤツキャラになって負けるとわかっている戦いを挑むアリーヤなど、フォーマット的にはヤンキーマンガなんだね。
戦って友情が芽生えるところなんかも。

個人的にはものすごく面白いマンガなんだけれども、まあ半笑いで読んでいる人も大勢いると思うんだよね。
この辺の「過剰なマンガ」の受け取られ方みたいのは、一度まともに考えた方がいいかもしれないなあ。自分が。

1巻の感想

人気blogランキングへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

・「影風魔ハヤセ」(1) 森田信吾(2005、講談社)

[amazon]

イブニング連載。
本能寺の変には、歴史の表には出ない秘密があった。
戦国時代の陰謀の陰で戦う、忍者(しのび)に忍び寄る者、影の陰、と言われる「玄忍者(くろしのび)」ハヤセを描く。

本能寺の変が起こり、織田信長が「死んだ」状態から始まるという出だしや「玄忍者(くろしのび)」という趣向は面白いが、
前半では圧倒的に謎めいた存在だった「玄忍者(くろしのび)」の出自があんがい簡単に割れてしまう点、もしかして私の期待よりは普通の戦国時代ものになってしまうかなあと。

なんか、読み始めは「忍者武芸帖」の影丸みたいな、どこから来たのかわからない忍者だと思ってたんで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

伊代、優、ちえみでキューティー★マミー

cutymammy

私は、ふぬけ共和国・マンガというサイトにおいて「80年代にひたりたい!」というミニコーナー的なことをやっていた。

コンテンツ化しておらず、単に80年代のものを見たり読んだり、思い出したりしたら断続的に書いていただけだが。

で、その「80年代にひたりたい!」的なモノを、やっとこのブログを立ち上げてから見つけることができた。

伊代、優、ちえみでユニット「キューティー★マミー」結成というのは昨年の話。すでに旧聞に属する。
普通の80年代ファンなら簡単に食いつくところだが(そんなやついないと思うが)、昨年12月7日に発売された「ミッキーマウス・マーチ(ファミリー・パラパラ・バージョン)」は、公式ページ(注意:音が出ます)で視聴しただけで一瞬のうちにガッカリするシロモノであった。

だってさあ、こんなの完全にこの三人の現役時代を懐かしむ、仲良しファミリーのための楽曲じゃん。
パパも子供もみんなで踊ろうよ!みたいな。
仕事がえりに、一人で居酒屋でなんこつ揚げライスを食ってるおれさまには何の関係もない。
それは他人の感動なんだよ!

というわけで、まあ一人腐っていたのだが、ブルボンの「くだものいっぱいゼリー」のCMは、なかなか「80年代的なアイドルっぽさ」を突いたCMになっている。リンク先で見られます。

CM全体の「あえてやってます」感が鼻につかないこともないが、まあ80年代そのものがそういう時代だったからしかたない。
少なくとも、「ママドル」なんてさもしいことはやめて、パロディっぽいとはいえ当時のアイドル的な振る舞いを残したことは評価せねばなるまいて。

現状のアイドルがらみの80年代ブーム(大沢逸美や杉浦幸がバラエティ番組に出るなど)は、たぶんテレビのディレクターが三十代半ばから後半でその頃の直撃世代であるにすぎないから、若い人たちでこの傾向をウザいと思っている人は、もう少しガマンするとみんな消えるので待っていてください。

さて、この3人など問題にならぬほど噴飯ものだったのが(個人的には)おニャン子の限定復活であった。
もともとおニャン子にアイドル的な思い入れはない。私より2、3歳下だと素直にアイドルとして見ていただろうけど、
あの「おニャン子」という仕掛け自体が鼻についていたのと、何度も何度も書いてるけどあれが日本の「女性アイドル」の終着点だったんですよ。彼女らが女性アイドルを終わらせたんですよ。
空手を終わらせたのは愚地克巳なんですよ。

話はそれるが、サンプリングとかカットアップなどの手法を取り入れたテクノ、ハウス、ヒップホップを経て、
安室、浜崎を経て、
モーニング娘。が出てきたのは、
あれは当初はオールドスクール回帰という意味があったけど、
五期メンが入ったあたりで楽曲的にもポストポストモダンになっちゃってましたよ。
「あえてやってます」感と「萌え」が共存しているというね。
まあ、DQNっぽいファンもいるんだろうけど、その辺みんなわかっているファンが少なくともいて、
楽曲がリリースされるたびにネット評論家によってその元ネタや料理の仕方が瞬時に解剖されていき、

おニャン子のメンバー入れ替わりをより洗練されたかたちで、なおかつ現役を保ちながらやるという方法も確立したわけですからね。
そこに、今さらオリジナルのおニャン子が入ってきてもどうなるっちゅーんですか!!

そりゃ秋元康もAKIB48をつくりたくなるってもんですよ。

この話にオチはありません。 それはみなさんへの宿題です。 とくに、これまでの話に何の思い入れもない二十代の人ね。

おしつけ?

これが管理社会なんです!!
巨大コンピューターに支配された管理社会なんです!!

そのコンピューターの名前は、
ぴゅう太……。

あーあ、完璧な計算でつくられたコラム[amazon]だな、こりゃ。

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】不良姐御伝 猪の鹿お蝶

1973年、東映京都
監督・脚本:鈴木則文、脚本:掛札昌裕、原作:凡天太郎
出演:池玲子、成瀬正孝、名和宏、河津清三郎、クリスチナ・リンドバーグ

明治時代、幼い頃に刑事であった父親を目の前で殺された女・猪の鹿お蝶は、親のかたきが「猪」、「鹿」、「蝶」と関係があることだけを手がかりに、博徒の世界で生きている。
彼女の復讐物語に、反体制派の青年、イギリス美女のスパイ、日本をアヘン戦争状態にしようとする悪徳議員が入り乱れるアクションもの。

これは面白い。佳品。「猪の鹿お蝶」のイメージは、まるっきり他の映画の女博徒や「修羅雪姫」なんかとかぶるが、
池玲子だから片肌脱いでも両乳出して戦うんですよ。

風呂を襲撃されてからの、長ドス持ってえんえん数分間の全裸での立ち回りが迫力!
一見の価値アリ。

原作は、名前だけは聞いたことがある刺青師のヒトですね。
原作もぜひ読んでみたいものだが……。

ラピュタ阿佐ヶ谷でレイトショー、金曜日まで。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

【書籍】・「ブレードランナーの未来世紀」町山智浩(2006、洋泉社)

brade

[amazon]

「『映画の見方』がわかる本   80年代アメリカ映画 カルトムービー編」とサブタイトルにあるように、主に80年代に公開された映画を扱っている。

取り上げているのは「ビデオドローム」、「グレムリン」、「ターミネーター」、「未来世紀ブラジル」、「プラトーン」、「ブルーベルベット」、「ロボコップ」、「ブレードランナー」。

面白いのは、冒頭に1946年の映画「素晴らしき哉、人生!」[amazon]について語られていること。
今回取り上げた作品の中には、ハートウォーミングな名作と言われる「素晴らしき哉、人生!」の影響を受けているものが多いという。

まあ、実は私は「素晴らしき哉、人生!」は、あまりにあまったるすぎるので途中で見るのをやめていて、結末を知らないんだけどね……。

本書の「はじめに」には、以下のようなことが書いてある。
「素晴らしき哉、人生!」は、まずアメリカの理想を描いている。
そしてその中で、「小さな町の人々を支えていた主人公が死んでしまった世界」をも可能性のひとつとして描いている。
その後の80年代の映画のいくつかは、この「理想のアメリカ」と「悪夢」とを同時に描いている。

で、1冊読み通して私が思ったのは以下のようなこと。
ここで取り上げられている映画の多くは、「ポストモダン」状況を描いていた。
それは過去→現在→未来と一直線の時間軸で進む、すなわちその時間軸にそって、それにふさわしい人間に成長すれば良い、という理想がうち砕かれた後の世界である。

簡単に言えば、何が正しくて何が間違っているのかわからない世界。
未来が約束されない世界。
敗れるべき理想すらない世界、である。

だから、「素晴らしき哉、人生!」における「理想の世界」と「悪夢の世界」、双方が同時に描かれるような混乱を呈する。

この辺には興味があるので、とくに面白かったのは「ビデオドローム」と「ブレードランナー」のくだりだった。
(次いで意外にアナーキーだった「グレムリン」の出自について。)

とくに、最後に載っていた「ブレードランナー」で作者の町山氏が読み解いたことは、現状に直結することであるように思う。

ここでは「引きこもっているより、自分がニセモノか本物かなんて考えずに精一杯生きたレプリカントの方がいい」と書いてある。

が、ポストモダン的な物語の最大の問題は、そこで「その精一杯生きた」部分さえ、果たしてアリなのかナシなのかという疑問が生じてくるということだろう。

そこへ本書では「プラトーン」を持ってきて、「肉体」とか「死」を突きつけることによってギリギリの「リアル」を浮かび上がらせようとする。

この手法(「肉体」とか「死」のリアリティによってポストモダン的グダグダを異化する)は、すでに80年代終わりか90年代に入ってすぐの別冊宝島でよく見られた主張である。
もしかしたら、それらを編集していたのは町山氏だったのかも。

日本のオタク状況でここまでの骨太さがあまり見られないのは、
もしかして戦争が遠いのとセックスをより遠ざけるかのようなふるまい=萌え、のせいかもとも思うけど、
それはまた別の話。
違うかもしんないし。

ひとつだけ欲を言えば、「素晴らしき哉、人生!」でまとめるならぜひとも「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を入れてほしかった。
が、同作はカルト映画ではないので、続編が出たら載るらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

【映画】食神

1996年、香港
監督:チャウ・シンチー
[amazon]

「食神」と自ら名乗るほどの天才料理人がライバルの陰謀にハマり、おちぶれて再起するまでを描いたコメディ。
「少林サッカー」が超人的に面白いので、同じ監督の作品を見てみた。
が、主人公は「傲慢で人を人とも思わない天才料理人」という設定で、序盤30分は部下や商売相手を愚弄しまくり、
陥れられておちぶれてからもあまり反省の色ナシ、

本当に反省するのはクライマックスシーンに入ってからという展開で、主人公のイヤミさばかりが先に立って個人的にはほとんど笑えなかった。
また、彼を陥れる敵もそうとうイヤラシイ人物たちで悪人すぎて笑えないし、
主人公が路地裏で屋台もなしに料理をつくって売る「泪橋」の住人みたいな人々に救われるシーンも、あまりにもとってつけた感じ。
さらに、主人公とヒロインとの関係もとおりいっぺんだった。

「傲慢な人間を笑う」という意味では、徹底されていないと思う。
また、料理の設定もギャグの材料の域を出ておらず、
同じテーマならツイ・ハークの「金玉満堂」[amazon]の方を勧めるなあ、私は。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】シャドー

1982年、イタリア
監督:ダリオ・アルジェント
[amazon]

ミステリー小説の作家が殺人事件にまき込まれるというサスペンスもの。

同じ監督の「サスペリア2」が本当に戦慄するほど面白かったので見てみたが、それほどの衝撃はない。

82年当時はともかく、今見ると少々古い。この程度のプロットなら、2時間ドラマでもやりかねない。

さらに、ハリウッド映画と違って登場人物のキャラ付けが中途半端で、出てくる女性3人がだんだん区別がつかなくなってしまい、イライラした。
amazonレビューを見ると評価が高いが、私はわざわざ見る必要のない作品だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Webマンガ】DJストーム第一話完結

DJストーム第一話完結!

ここの続き。「ゲームセンターあらし」風のDJマンガ。

なんと、作中でストームがかけたDJMIXが期間限定で、MP3で聞けます。
おっさんの私は、「もしかしてこれがいわゆる『マルチメディア』ってやつ……?」などと90年代的な興奮をしてしまいました。
まだぜんぶ聞いてないけど、伊集院光のラジオで一時期、読者のハガキの中で「子供の頃、ライターやチャッカマンをいじっていたらボヤ騒ぎになってしまった」という話題が出てくるときにかかっていたBGMが、
PRODIGYの「FIRESTARTER」だということがわかりました。

確かディレクターがテクノ大好きで、そのための選曲だったんですね。
恥ずかしいことに、ハードロックだと思い込んでましたよ。
あと伊集院のラジオのジングルが妙にテクノっぽいのも、このディレクター氏がつくっているからなんだろう……というのは伊集院ファンには自明なんでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

どこまで言葉を届かせるか

10人、100人、1万人というふうに自分の主張を理解してくれる人を想定して、その人たちに対して言葉を発する、というのはなかなかむずかしい問題だと思う。
何を発信するかの内容にもまずよるわけだが、

たとえば新聞の文章なんかは、ある程度すそ野を広くしておかないとダメなタイプのものだろう。

この「どこまで届かせるか」と「どこの段階で切り捨てるか」は、私のようなシロウトでもむずかしい問題だ。

ただし、あまりにも理解してもらえなかったりすると、「わかる人だけわかればいいや」と投げやりになるときもあるし、
人間の理解力というのは下を見ればキリがないので、どこかで便宜的に切り捨てなければならない段階があるのも事実だ。

まあ、そういうことに苦しみながら文章は書かないといけないんでしょうね。
とくに書評とか、エッセイみたいな文章は。
何というか、理解してくれる人の幅のブレを見ていくというかね。

ホントに「つぶやき」ですねこの文章。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】ゴキブリ刑事

1973年、石原プロ=東宝
監督:小谷承靖、脚本:剣持亘、原作:新岡勲
出演:渡哲也、地井武男、加賀まりこ、大門正明

暴力団を「ゴキブリ」と呼び、その犯罪の追及には容赦がないバイオレンス刑事・鳴神の活躍を描く。
明確に1971年の「ダーティハリー」の影響下にある作品。
プロット自体が似てるんだよな。

しかし意外に展開は複雑で、警察内部に黒幕がいるっぽい描写があったが、最後まで見たけどよくわからなかった……。

ブルドーザーを何台も使ったアクションシーンは、意外と言っては何だが派手で、いい意味で裏切られた。
「西部警察」の第一話なんかは、この辺のアイディアと関係があるのかもしれない。

「ミスター・タレサン」(私が勝手に命名)渡哲也のカッコよさは格別。
冒頭、朝起きた鳴神(渡哲也)が、水にインスタントコーヒーをブッ込んでがぶ飲みするところなんかはもう、シビれるね。
さらに、今のオヤジキャラからは想像もつかない、骨太だがどこかにインテリ的な線の細さを残している地井武男がいい。
また、かつて鳴神にやくざの夫を殺され、恨みが愛情に変わった加賀まりこのキャラクターも、これまた70年代節が横溢していてたまらない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・「週刊少年チャンピオン」12号(2006、秋田書店)

板垣恵介「範馬刃牙」は、想像上の巨大カマキリと刃牙が戦っている。
藤見泰高、カミムラ晋作「サイカチ」も、クワガタムシ同士を戦わせるマンガ。
「昆虫バトルマンガ」が、2本も載るなんて少年マンガ史上、初めてだろう。
刃牙、「もうダメだ」と思ったが、少なくとも面白さの点では盛り返してきているように思う。
「サイカチ」は、絵がうまくなってきている。構図やアクションもカッコいい。

大西祥平、中里宣「涅槃姫みどろ」が新連載。ものすごく大ざっぱに言って、妖怪ハンターとか、魔太郎とか、そういうのを足したような怪奇もの。
おそらく原作者のシュミであろう、ひばり書房系の悪趣味怪奇マンガなどのテイストを現代風にアレンジしている。
読みきり時代には面白いプロットもあったので、期待できそう。

手塚治虫、米原秀幸「Damons」は、手塚治虫の「鉄の旋律」のリメイク。
このテの復讐ものは、米原秀幸の真骨頂だろう。前作はハジケなかったが、すぐに切り替えて初っぱなからかなり盛り上がってきている。

平川哲弘「モーターサイクルエイジ」は、読みきり。ボロボロのバイクをレストアしよう、というだけの話だが、秋田書店系の善きヤンキーマンガのテイストが短編ながら出ていて好感。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・「ビジネスジャンプ」6号(2006、集英社)

原案:SIGプロダクション、漫画:金丸昇司「シードラゴン」が新連載。
えーと、海上保安庁の話。
「海猿」とか、あと少年マガジンにも海上保安庁の話があった記憶があり、乗っかったっぽいけど初回を読んだかぎりでは手堅いアクションものにはなりそう。

ザビエル山田「黄昏のイエスマン」4コマ。ザビエル山田の自虐ネタって笑えない。30本に1本くらいナンセンスで面白いのがあるけど、自虐ネタが笑えないので相殺されてしまうなあ。
田中ガス「みんなのお仕事」は面白かった。

香川まさひと、あおきてつお「島根の弁護士」は、領収書の文字を手書きで誤魔化すとかなんとかいう話で、
ときどき読んで思うがこのマンガはすごくしみったれている。
それが現実だとは思うが、現実をわざわざ読んで楽しいだろうか。

島田洋七、石川サブロウ「がばい ー佐賀のがばいばあちゃんー」は、B&Bの洋七原作の、自分の貧乏な少年時代とばあさんを描いたマンガ。

80年代のマンザイブームを引っ張ってきた世代が、最近懐古に走っている。世代的に要求されているというのもあるだろうが、B&Bが「昔は今と違ってた」というネタをやっているのを見ると「マンザイブーム以前に、上の世代の一部の漫才師がやっていた展開と同じじゃん」と、ちょっと哀しくなる。

洋七は漫才でもばあさんのネタが近年多くなり、ネタが先か、本が先かわからないが本を出した。
読んでいないが、たぶん貧乏な少年時代を懐古した話だと思う。
ビートたけしにも、むろん、この路線では「たけしくん、ハイ!」というヒット作がある。これまた原作は読んでいないが、ドラマを見るぶんには懐古趣味を巧妙に入れながらも、どこかドライな感じがあった。
洋七の原作はどうかわからないが、作画が石川サブロウではどうひねっても泥臭く、脂っこくならざるを得ず、誌面から察するに当然それは狙っているのだろう。

だが逆に、たけしが自分の少年時代、あるいは売れない時代を語るときに、いかにドライであったかが、他の同年代のテレビで売れた芸人に比べると明らかになってしまう。
たけしの昔話には、(当然、「感動」が要求される場合もあるのでそれを狙ったこともあるが)、オッサンにありがちな押しつけがましい説教臭、あるいは不幸な時代に生まれ合わせた呪詛の念などが、突出して無いように思う。
これは、80年代のたけしが若者を引きつけた非常に大きな要素であると思う。
……と、たけしのことばかり書いてしまいましたとさ。

近藤雅之、有賀照人「警視総監アサミ」は、ゴミ屋敷のばあさんの話。
もともとしみったれた内容だった「アサミ」だが、エロ色の薄い展開でこんなことをやられては本当にただのしみったれマンガにすぎなくなってしまう。最後まで読んで哀しくなった。

真倉翔、真里まさとし「吉原のMIRAIさん」は、江戸時代にタイムスリップしたソープ嬢が、得意のテクを使って人気者になる、というマンガらしい。
まあそういうお気楽展開は嫌いではないが、今回のエピソードはいただけない。

要するに「かむろ」(遊女になるために、いろいろと仕込まれる少女)の話なのだが、軽々しく扱いすぎていると思う。
あるかむろの少女が付いている遊女が、少女をいじめているのを見て、MIRAIさんが腹を立てるが最終的にはその遊女は少女のためを思って厳しくしていた、という話だが、そういう「よくある話」としてもよくできているとは言い難いし、
なおかつ、人権概念のない、しかも吉原という場を、現代人である主人公がのぞき見るという設定がアダになってしまっている。コレじゃヒロインはただのアホである。

真倉翔は、「ぬ〜べ〜」の頃は有能な原作者だと思っていたし、たぶんネームを切って渡しているのだと想像するが、それでこの話はないだろう、と思った。

あとやっぱり、全体的にしみったれている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・「週刊漫画ゴラク」  3/3 No.8(2006、日本文芸社)

私はキチガイなので、マンガ雑誌を読んで面白いマンガを読んでも、その中につまらない、もしくはどうでもいいマンガが入っていると相殺されてプラスマイナスゼロになってしまう。

同誌で言えば、「喰いしん坊!!」と「ミナミの帝王」、次いで「銀牙伝説WEED」が面白いが、他の作品との差が開きすぎている。
(まあ「江戸前の旬」や「酒の細道」などは、誌面を安定させる、それなりの役割があるのだが。)

今週の「江戸前の旬」、イヤミなうんちく垂れ上司を気持ちよく帰し、残った部下たちにうまいものを食わせる。
展開としては実にオトナだが、あまりに現実的すぎて少しイヤになった。
この手のグルメものの、「傲慢なやつをやり込める」というパターンを崩したかった気持ちもわかるが。

「コクセン」は国選弁護人の話。今回は酒気帯び運転で交通事故を起こした初老の男が、なぜか国選弁護人を頼んでくる。
70年代の刑事ものみたいな人情系の話。いちおうハッピーエンドだが微妙に救われない。時代性とも無関係で、ただのかわいそうな話を読まされているようなイヤな気持ちになった。
こういうプロットはテレビドラマだと映えるが、マンガには合わないと個人的には思うのだが……。

また、「地味系でサプライズのある刑事もの(まあ、弁護士は刑事じゃないけど)」という点では、小説自体は読んだことがないが横山秀夫原作のものがマンガでも映えるので、どうしても読み比べてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・「イブニング」5号(2006、講談社)

すっかりマンガ雑誌から離れてしまっていたので、突発的に読もうと思って購入。

すごい。この号を読んだだけで、「これは推せる」というのがない。もうちょっと読んでみないとわからない。「つまらない」と断定できる作品も少ないので、作品のアベレージは高いということなのか?

石川雅之「もやしもん」はすごく評判いいけど、個人的にはこのノリ、ダメかもなあ……。なんか学生時代のあーだこーだとか、もういいや、って思うので。

自分にとっては、そういうことを懐かしんで描ける人間というのは、それこそ同窓会に毎回顔出しても平気な人間とかに近いんで。

寺沢大介「喰いタン」も、ウェルメイドにできすぎていて、ある一定の完成度はあるけど毎回楽しみに読めるかというとどうも……。仕事の昼休みとかには確実に熟読するとは思うけど。よくも悪くもそういうタグイのマンガ。

橋本以蔵、たなか亜希夫「軍鶏」がまだやっているのにも驚いたし……。

高倉あつこ「山おんな壁おんな」も、よくも悪くもラストの想像はついた。

高梨みどり「銀座の番ねこ」は、バーテンダーのマンガ。これも、予想がついてしまうんだよねえ……。

森田信吾「影風魔ハヤセ」は、面白そうな予感はするが1回読んだだけではわからなかった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

・「ビッグコミックスピリッツ」11号(2006、小学館)

すっかりマンガ雑誌から離れてしまっていたので、突発的に読もうと思って購入。

巻頭グラビアは安めぐみ。
実はスピリッツを買ったのは、学生時代以来だから18年ぶりくらいじゃないか?(自分で驚いた)
当時は、白井……さんとかいう編集長がブイブイいわしていて、少年ジャンプと並んで成功したマンガ雑誌の代表だった気がする。「電車の駅のひと駅ぶんで、1作読めるように計算してある」とか言っていた。
当時の私は非常に青かったため、そういう「計算ずくでやってます」みたいなことを公表されるのがイヤだったし、あと当時連載していた「ジパング少年」というマンガがすごいキライだったんですよね。
(今読めば、印象がまったく違う可能性はあるが)

内容は、管理教育に嫌気がさした主人公がどっか外国(南米?)で自由に生きようとする、というような話。
1989年頃からの連載。
60年代、70年代のマンガに比べれば、たぶん80年代のマンガって管理の時代ですよ。
ジャンプ400万部だって、編集者の管理能力みたいなところが注目されるばかりで、作品論や作家論なんかなかった(あるいは少なかった)時代でもある。

そして、来るべきバブル経済のために、みんな「それで金持ちになれるなら」って管理すら容認した、あるいは放置したんですよ。
それを今さら、「管理教育に反発して海外へ飛び出す」っていう作品を書かれても……っていうのがあった。

同じことは、それよりちょっと前に始まった江川達也の「BE FREE!」にも言えて(こっちは他社だけど)、
このマンガって管理教育を是と言っているのか非と言っているのか、はたまた「是」と言っているようでいて「非」と言っているのか、漠然と読んでいるとサッパリわからない作品でした。勢いはあったけど。

なんだか、当時そういう混乱に嫌気がさしてたんです。
いつだって嫌気はさしてますけど。

さて、信濃川日出雄「fine」は、新連載。 大学の芸術学部出身で画家を目指し、うだつの上がらない男が同窓会で同級生と再会して……みたいな出だし。
ここ数年、ホントにダメ青年ものみたいなのが流行ってるなあと思う。
本作は連載第一回で何とも言えないが、そこそこ自虐ユーモアもあって、浅野いにおほどの痛さはない。こういうマンガってどこかでスコンと突き抜けてないと見ちゃいられないからね。
そういう「突き抜け方」を、今後読むとすれば見ていきたいですよ。

それにしても、菊地成孔がどっかで書いていたが、こういう「美大」だとか「美術系サークル」だとか、あと音大?  そういう特殊な人間の集うマンガがけっこう企画として上がったりヒットしているというのはここ数年の現象なの?
たとえば「ふぞろいの林檎たち」なんかとは似ているけどどっか違うよね。
まあ、マンガ家にそういう出自の人が多いとか、青春群像が描きやすい、ということはあるとは思うけどね。

昔っからあることはあるし。「ネコじゃないモン!」とか、すごい懐かしいよなあ。

さくらももこ「ひとりずもう」が新連載第2回。
中学に上がった女の子を描いた作品だが、予想どおり生理になることをすごいいやがってた。
女の子一般ってどういうものかわからないけど、さくらももこは生理をすごいいやがるタイプの人だと思ってたから、なんだか展開が予想どおりだった。
まあ、嫌がったからどうだってことはないけどさ。

ちなみに、男で精通現象を極度にいやがるってのは……まあ、男の場合は事前にどういう身体変化が起こるのか把握してない場合が多いんじゃないかと思うけどね。

細野不二彦「電波の城」。細野不二彦はきれいでイヤな女を描いたら天下一品。本当にイヤな女が好きなんだろうなあ。魔子ちゃんとか、ぜったい無理して描いてたんだろうな。

雁屋哲、花咲アキラ「美味しんぼ」。超ひさしぶりに読んだら、ゆう子さんがまた妊娠。
自分にとっては、心底どうでもいいマンガになってしまった。「究極のメニュー」は、作品内でも本当に「単なる新聞社の企画」に成り下がってしまった。もうそんなことは数年前からずっとそうなんだろうな。
「究極のメニュー」の幕の引き方に関しては、「ものすごくつまんない簡単な料理を究極とか言うんじゃないか」とか、「山岡と栗田の結婚式のときに究極のメニューが出されるんじゃないか」とか、いろいろ言われてたけどこれじゃもう終わりようがない。
終わりどころを失った気がする。

そして先に名前をあげた江川達也の「日露戦争物語」。
……もしかして「HUNTERXHUNTER」の下書きっぷり以上の問題がここにあるのでは……ううう。

18年経っても思うのは、おそらくターゲットである読者層(十代〜二十代後半?)の悩みをうまくすくいとって、
「こういうふうになったら気持ちいいんだろ?」みたいなところを巧妙に提示してる、ってことですかね。
もちろんまったくわかってないのも論外だけど(それだったら売れないだろうけど)、

マンガはクルマじゃないからね。
クルマってよく知らないけど、年齢とか所得でターゲットが細かく決まってるんだって。
だからたぶん「ビッグコミック」というレーベルは、それぞれのターゲットに対し、細かく提示するものを分けているんだと思うよ。
そのいたれりつくせり具合を、
……まあ見届ける意志が自分にあるかどうか、だよなあ、と思う。

今だったら仕事がない、人生に目標が持てない、彼女ができない、将来が不安だ、
そういうことが若者、あるいは「青春」という時期から脱しつつある年齢層が持っている悩みだというのは私にだってわかりますよ。
それに処方箋なり、安心感を与えるとか、逆に不安を煽って続きを読ませるとか、そういうことができるのは(私がやれって言われてもできないけど)わかってます。
それだけじゃない作品が提示できるかどうかなんでしょうねえ。

当たり前の話かもしれないけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・「ヤングサンデー」12号(2006、小学館)

すっかりマンガ雑誌から離れてしまっていたので、突発的に読もうと思って購入。
表紙&巻頭グラビアは山本梓。昨年度の同誌登場回数ナンバー1だそうである。
巻末は相澤仁美。

黒丸、夏原武「クロサギ」は、詐欺を懲らしめる詐欺師の話らしい。主婦にローンを組ませてトンヅラする化粧品訪問販売員を、後編でどうにかするらしい。
「クロサギ」っていっぺんも読んだことない。この前半部分はいいとして、「懲らしめ」をどうやるかで私の評価は決まる(私の評価が決まったところで、別に世の中どうもならんけど)。

浅野いにお「ソラニン」は、「素晴らしい世界」の、その後の連載としては自分の想像どおり。
「マンガ一般」としてのレベルは一定以上だが、テーマの掘り下げ方などに許し難いものが私の中にある。
それは本作の問題ではなく、私の問題かもしれない。

酒迎謙志「剛球バカ一代」が新連載。成績が悪くて推薦で大学に行けなかった野球バカの男が、どうやってプロになるか……みたいな話なのかな。

ダンカン、松浦聡彦「お笑いの神様」は、お笑い芸人を目指す若者の話だが……正直、ダンカンがこれを書くかー、と思ってしまった。いやマンガ自体面白ければいいんですけどね。この1話読んだだけじゃわかんないや。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中野の喫茶店「クラシック」、昨年閉店していた

classic

中野の名曲喫茶「クラシック」、昨年閉店していた

店内は薄暗く、椅子はギシギシ、
確かぜんぶ真っ黒で、当然クラシックが一日中かかっていて、
コーヒーを頼むと水はワンカップ大関のビンで、ミルクはマヨネーズのフタに入って出てくる

……という、ある意味伝説の喫茶店。

リンク先では「ワンカップでもマヨネーズのフタでもなかった」と書いてあるが、
それらは私自身が見たことがあるので都市伝説ではないです。
その後に変わったんでしょうね。

ひと言で言い表すと、江戸川乱歩の世界みたいな喫茶店、
確か吹き抜けになっていて、2階が談話用、1階が音楽を静かに聴くためのスペースでしたが、1階に「モボ」って感じのヨボヨボのおじいさんが座っていて、あの人がオーナーだったのかなあ。

江戸川乱歩の小説で、身代金の取引とかするのはぜったいあの喫茶店ですよ。
お互いに探偵と悪漢だとわかっていて、お互いに手を伸ばせば殺してしまえる距離があるのに、
そこには二人をそうさせない「事件」が横たわっていて、
あくまでクラシックに耳を傾けながら知的な会話に終始する、
そんな雰囲気でしたよ。

中野に立ち寄ったとき、友人を連れて行くと必ずビックリして、でもマジで恐いっていうんじゃなくて本当に「そういう雰囲気」の喫茶店だから必ず喜んでくれたのを覚えてます。
リンク先にもありますが「つくった昭和」じゃなくて、本当に生の何かがそこに提示されていました。

閉店の原因は、オーナーとオーナーの娘さんが亡くなったから、ということでしたが、残念です。

隣接する中野ブロードウェイはオタクショップでにぎわってますが、それとはまったく違う時間の流れ方で存在していていた、誤解を恐れずに言えばサブカルっぽい空間だったんですよね。

「中野」は中央線沿線にあるせいか、いわゆる「中央線の呪い」がありまして、
ブロードウェイのオタクショップ化もその流れを汲むと私は考えています。
だから本当にコアコアなアキバ支持者は、中野を「サブカル的にカッコつけてる」と思うかもしれない。

まあそれらの差異はあくまでも雰囲気、店主の心意気程度のものにすぎませんが、
「名曲喫茶クラシック」は本当に本物という感じがしていて、中野の守護神的なイメージを、私は勝手に思っていました。

とは言っても、私もだれかと中野に行くというような機会が劇的に減ったのも事実。
自分語りになっちゃいますが、自分の中でも何かが終わり、
それとは別に、「昭和から平成」という時の流れの中で、この喫茶店も終わった、と。
残念ですけどね。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

【映画】ビデオドローム

1982年、カナダ
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
[amazon]

殺人ビデオを追い求める男が、だんだんビデオに洗脳されてアタマがおかしくなってワーワーワー!
みたいな話。

まず最初に聞くが、私という人間がこんな昔の映画を見て感想を書いて、みんな読みたがるだろうか?
しかも、私は映画マニアでさえないのである。
でも、書く。
気分がイライラしてるから。

公開当時は「ホラー」としての認識しかなく、その後の華々しいスプラッタ・ブームに当時中学生だか高校生の私は何となく映画マニアが「語り」そうな本作を急速に忘れ去ってしまったのだが、
82年の段階でのこの先見性は、たいしたものだとは思う。

ただし、私自身がクローネンバーグとは相性が悪いというか、展開は徹底して退屈だった。
なんかタルいのである。
ストーリーも途中からわけわかんなくなるしね……。

まだ個人で、狭い店舗でも始められたレンタルビデオ屋で本作を借りてきて、「ビデオで」ビデオドロームを見る、ということに意味があったと思うが、
もはやDVDで見る時代になってしまった。
なんか寂しいですな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】ブルーベルベット

1986年、米
監督:デヴィッド・リンチ
[amazon]

50年代のおもかげのある町に住む青年が、ひょんなことから地面に落ちた耳を拾う。
そして、表面的にはのどかな町の裏で恐ろしい闇の世界が広がっていることを知る。

まず最初に聞くが、私という人間がこんな昔の映画を見て感想を書いて、みんな読みたがるだろうか?
しかも、私は映画マニアでさえないのである。
でも、書く。
気分がイライラしてるから。

いやー、何で主人公が自分から事件に首を突っ込むのか、そして毎回まいかい殺されずに助かるのかがサッパリわからなかった。
ラストのクライマックスで殺される二人もだれが殺したのかわからないし。
まあ、映画全体のイメージ……「陽光の下には人間の暗部が」みたいなことをビジュアル的に描くという手法はきっとこの人あたりがオリジナルだと考えていいんだろうな、と感じたのには収穫があったと言えば収穫だが。
(直接ではないかもしれないが、オムニバス映画「鏡地獄」の「蟲」なんかもこのあたりの映像表現の影響があるんだろうね。)

「古きよき50年代」、しかもアメリカのそのときなんてまったく思い入れのない私にとっては、それがグダグダになろうがどうしようが知るかよ、みたいには思ってしまいましたね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

バーチャルオロナミンC  ジンで割って青二才

まあ、せっかくブログに移行して更新がしやすくなったんで、
立ち上げ時には頻繁に更新して「やる気」を見せようというのはあるんだけど、
ぶっちゃけた話、現在、心身ともに発狂中でして。
テキストでも書かないとやってられないっつーの。
自分の場合、外界とまったく接触を断ってノイローゼになる、ということは過去にほとんどなくて、
むしろ接触を保っていないと寂しくて死んじゃうんです。
でも、めんどうくさくなるとさっさと逃げるのでひどい自分です。

さて、ちゆがひさしぶりに更新したといいますが、
ちゆ憎いわ(笑)、人気者だから。

っつーか、侍魂はいまだに続いていても違和感ないけど、ちゆはどこかに引き際があったんじゃないかという気がする。
個人的には、ちゆが本当は何歳なのかわからないのが、すごくイライラするんですよ。
オタクネタって、年齢も情報のひとつだから。
何に思い入れがあるかも、年齢である程度理解できる気がするし。
まあ「気がする」ってだけだけど。

あと、情報整理の仕方があまりにも「ネタ」としてまるめすぎてるというのも、
まあ3年くらいはそれでいいと思うけど5年以上やってたらそれでいいのかと。
少女コミックの内容が変なら変で、何で変なのかとか理由まで提示してほしいと、どうしても読んでいる方は思って来ちゃうんですよね。

もっともっと、と。
パンとサーカスを、と。
(なんだこの行替え)

もっとも、そういう批評とか分析にまで至らない、というのがちゆの美学、あるいは見識なのかもしれませんけどね。

でも、もし「ちゆ」を終わらせられないしがらみ的なものがなければ、
人を食った最終回があってもいい形式のサイトではあったと思う(もちろん、これは「つまらなくなったからさっさと終われ」という意味ではなく、引き際を要求するタイプの表現もある、ということ)。

まあでも、そういうのがないのがネットってものなんだろうね。
あ、考えてみたらテレビもそうだったわ。「元気が出るテレビ」にしろ「ガチンコ!」にしろ、最後はグダグダで終わったもんなあ。
そして世界の終わりはメソメソとやってくる。

あ、そうそう、「少女コミックをネタにした」っていうの、ゲスの勘ぐりをするなら、彼女が読んでたからなんじゃないの?  とか思ったけどね。
今どき、男で少女コミック読んでいる人って、そうは多くないでしょ。
ガオレンジャーは見てても少コミは読まんよ。

落合選手も、子供が赤ん坊時代は粉ミルクを飲んでいたというし、
そういうふうに身の回りの環境を利用(?)するのはよくあることですよ。

それでまあ、世界の終わりはメソメソとやってくるんだ。やっぱり。オレだけに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

平手の美樹ちゃん(平田の美樹ちゃん)

美樹とのこんにちわ。平田裕香の日記

>>昨年末から始まった『牧村美樹』の役作り。
>>デビルマンの原作を読んで驚きました。
>>彼女のキャラクターに、
>>原作の内容に。

マンガ「デビルマン」からのスピンアウト作品である、芝居「デビルマン  〜不動を待ちながら〜」も無事全日程が終わり、牧村美樹役の平田裕香嬢が自分のブログで原作マンガの感想を書いておられます。

……そりゃ驚くよなあ(笑)。

オタク的クソどうでもいいこととしては、私の知るかぎり、「少年マガジンコミックス」の形式で読むことがむずかしくなっている本作、いったいどのヴァージョンで読んだのかなどが気になりますが、
(あくまで印象として)おそらく、美樹役が回ってこなければ平田裕香は生涯、「デビルマン」を読むことがなかったと思われるので、たとえば「ジンメン編」とか読んでどう感じたのだろうとか思ったりした。

もっとも、芝居の方ではかなり意図的に美樹の性格を変えているフシもあるので、そのキャラ付けのギャップにも悩んだだろうとは思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【ムック】グラビアン魂(2006、扶桑社)

gurabian
週刊SPA!に連載されている、特定のモデルのグラビアに対して、みうらじゅんとリリー・フランキーがいろんな妄想を語り合ったりする企画のムック。
といっても、99パーセントはアイドルのグラビアです。
二人の毎回の対談が袋とじになっているという趣向だが、これは圧倒的に正しい。
今日び、これほど正しいことがあるだろうか?

あ、というのは、従来の「袋とじ」のように特別なものである、という意味ではなくて、買った人が「読んでも読まなくてもいいようになっている」という意味なんだけど。

いや、グラビア専門誌ではない雑誌のアイドルグラビアには、何らかの「言い訳」としての文章が載っていなければならないとは思うんですよ。実際、週刊朝日の美女グラビアでさえ取り上げる美女に対するなんだかよくわからないテキストが付いている。
だから、多少教養スノッブに思えたとしても、雑誌においてはみうら×リリーの対談は必要だと思う。

ところがグラビアとテキストの価値は、まとまってムックとして発行されたとたんに、雑誌においてはほぼ対等であったものが、テキストの方が圧倒的劣位に置かれることになる。
写真集としてのグラビアには、それ自体の存在の許諾を請うことなどいっさい必要ないからである。

とは言っても、私は二人のファンでもあるし、どんなことが書いてあるのか読んでみよう……と思ったが、この袋とじ、雑誌に向かって内側、喉の部分を切り裂かないと読めないようにできていて、モノサシで思いっきり外側を引き裂いたのでバラバラになってしまった。
私のテンション、ダダ下がり。

テンション下がりついでに書く。
いろいろフォローはしてみても、みうら&リリーと読者のあまりにも越えがたい格差は隠しようもない。それに本人たちが気づいているのかいないのかわからないところもまた、恐ろしく残酷だなあ、と思う。
だってさあ、確かリリー・フランキーは安めぐみと一緒にいるところがフライデーだかに載っている人だし、みうらじゅんも同世代のオトーサンとかに比べたら圧倒的にモテる人でしょ。

そういう人たちが、アイドルのグラビアを前にしてああでもない、こうでもないと言われてもねえ。
10年前の二人と社会状況ならともかく、どこかしらに王侯貴族が馬に乗ってポロかなんかをやっているのを、指をくわえて見ているような気がしてくるのは私だけか?

撮った写真家のイメージというのはあるだろうけど、そこから先は見る側が大城美和をロリコン的に愛そうが、夏川純を女王様として妄想しようがいっこうにかまわないわけで、

まあ本来添え物でしかないグラビアのテキスト部分への抵抗であるとか、文章自体が失われつつあるエロ本文化へのオマージュであるとかいった心を汲むことはできるけど、

「後は勝手にさしてくれ」と思わないでもないわな。

写真のクォリティは高いと思うんですよね。
それにしては写真家の名前が小さすぎる気もする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マイケルンバII

maikeru

マイケルンバIIダンスキャンペーン開催

もう旧聞に属するようだけど、2、3日前に知りましたよ。
マイケルがCDを出すなんて。
欲しいわあ……[amazon]

お笑いブームと言われて数年経つけど、早く飽きられてしまうことを懸念してか、ストレートに持ちネタをCDにする人って意外に少ないんですよね。

もともとが歌ネタに近いテツトモ、完全に歌ネタのはなわ、波田陽区は別として、ダンディ坂野くらいじゃないかな?
あっ、調べたら長井秀和も出してたぞ。あとスピードワゴンも「あたし認めない」という曲を出しているらしいんだが、ちょっと調べたらDVD-BOXの特典としてしか付いていないのかな……?

とにかくお笑い芸人の出すCDとしてはひさびさの直球勝負なので、がんばって欲しいです。
ここから視聴もできるし振り付けも見られるよ。

あ、そうそう、HG[amazon]も出すんだよね。

でもカバーだからなあ……最近景気が悪いせいか、カバーが多いですよ。

カンニング[amazon]も、友近[amazon]もカバーでしたしね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

「アッちゃんいつものやったげて」

「オリエンタルラジオ」お姉さんの「男の恋愛相談室」

(以下、引用)
>>私が若くして誉めイジりの達人だと評価しているのは、
>>オリエンタルラジオ藤森慎吾氏だ。
>>昔のツッコミが「アホか!」と突っ込むところを
>>「凄い!」「カッコイイ!」「やっちゃって!」と
>>ツッコム事で、ボケがますます痛々しく見えてくる。
>>誉められる事でますます相手を
>>貶めるのが誉めイジりの基本理念なのは、昨日紹介したとおりである。
(引用終わり、改行位置変更しました)

文字どおりの恋愛ノーハウのブログのようだが、
ことオリラジの件に関してはあまりにもトンチンカン(あるいは斬新すぎるのか?)なので指摘させていただく。

漫才はボケとツッコミがあり、ボケがアホなことをするとツッコミが常識とされることと照らし合わせて「ツッコミ」という一種の価値基準を提示することによって「笑っていい」というサインを出す、という形式のお笑いである。

本当に藤森の「アッちゃんカッコいい〜!」というツッコミは、従来の「ダメ出し」的なツッコミを逆転した「褒め」のツッコミなのだろうか?

そりゃ、違うでしょう。
私がオリエンタルラジオを見て最初に感じたのは、
ヤンキーマンガなどに出てくる、「地元じゃけっこういわしてる」やつとその子分、である。
オリラジのキャラクターにヤンキー臭は希薄だが、
「武勇伝」における二人は単純に言えばゴリライモとモグラのような関係(例が古いか(笑))。
二人の間に「カッコよさ」の、余人は共有できない妙な価値観ができあがっているから面白いのである。

別に、藤森のキャラクターとして慇懃無礼的な意味あいは皆無だろう。

また、ああいうバカなことをやるオリラジ中田を、同性、男たちの一部は本当にカッコいいと思っているということも、たぶん該当ブログの女性は理解していないだろう。
この人にとっては、たぶん中田はピエロにしか映っていないんだろうね。

あ、ピエロっていっても顔を白塗りにしているサーカスにいる人のことじゃないよ。

(あたりまえだろ!!)

ところで、いくら読んでも該当ブログの意味が完全にはわからないので、このテキストを書いている人の提唱する「褒めイジリ」ということについてのエントリも読んでみたが(推奨!女のイジリ方)、意味がさっぱりわからん。
いわゆる「慇懃無礼」と、どう違うのこれは?

いつから日本は、こんな貴族制度のフランスみたいに、一挙手一投足まで見られ続け、「あいつはわかってる」とか「わかってない」とか言われる国になったわけ?。
しかもこの人発信の基準だから、ますますわからない。

それともうひとつ感じるのは、少女マンガの世界ね。好きな男に対してならけなされようが、逆に慇懃無礼だろうがオールオーケーという。
そんなの説明されても、わかんねェよ。


(追記)

こちらの、「武勇伝」の関係は「ボケとツッコミ」ではなく、「ボケと同意」や「ボケと共感」であるという指摘には同意します。

そしてそれは、「男の世界」なんです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ブログとして数日

yasuda20060214095204

こんばんは。今井メロです。
(80年代のビートたけし風あいさつ)

ホームページよりもブログの更新頻度を多くして数日経つんですが、
ぶっちゃけましてアクセス数平均400くらいです。

目標は1000くらいまでにはしたいんです。
まあならないでしょうけどね。

「アクセス乞食」っていうのの婉曲表現として「乞食」を「ホームレス」ってしてみたんだが、「アクセスホームレス」って意味通じないですよね。
「ホームページのアクセス数にがっつくホームレス」って、ホームがあるのかないのかという話ですよ。

ライバルはもちろん、真鍋かをりです。
真鍋のブログが20万ヒットですから。
あの人もココログだったっけ?

で、ホームページとブログの違いですが、
コンテンツを階層化できないのが、ブログへの移行をためらっていた理由のひとつです。
まあ、カスタマイズすればできるのかもしれませんが、私にその技術がないもんで……。
実際、ホームページのコンテンツのように階層化されたブログって、私は見たことないですし。

最近はエロ小説のページもブログでやってる人がいて、コレがすごく見にくいんですよ。
第1話の頭出しとかが簡単にできないですし。

個人的印象では、「ブログ」というのはホームページ時代に両極端としてあった、
「家族の写真などをはっつけてある、アットホームな(しかしクリエィティヴでないと批判された)ページ」
「こだわりの発露であるマニアックなページ」
のうち、前者の方の発展系という気がするんですが。
後者のマニアックな人はどこへ行ってしまったんでしょうか。

それともうひとつ思ったのが、本当に「網棚の雑誌は今日発売」という世界になってしまって、
数年前はネット全体をアーカイヴ化する、という意志を一人ひとりのホームページに感じたもんですが(私の勘違いでなければ)、
今は2、3日でネタが披露されて忘れ去られて、
たとえばホリエモンの事件があったとして、そうするとそれ以前のものがすべてネタ化し出して、
で、2ちゃんねらーとか「検索するのがうまい人」が探し出してきてサルベージして公表する、という、
まあそれはそれで面白いけどそれだけのことになりつつあるような気がするんですよねえ。

たとえば、現在「ウルトラセブンの放映リスト」とか、簡単に検索できます。
そういうサイトはけっこうあるんで。
ああいうリストってホントに個人のこだわりとボランティア精神のたまものだったわけでしょう。

大変なわりには、やってみてもアクセス数が激増するわけでもないんで、どう役立つかわからないたぐいのものではあるけど、
けっきょくインターネットでいちばん役に立つのってそういうリストとかデータとかだと思います。
でも、今みんなそういう意識でネットやってないだろうなーとか思って。

資料性ゼロのブログを始めた自分は思ったりするという話でした。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

【演劇】デビルマン〜不動を待ちながら〜

chirashi1a

公式ページ

HOTROAD★TRAIN Vol.3
作: じんのひろあき、脚色・演出: 宇治川まさなり、企画: 山田とゐち、制作: OFFICE HOTROAD
於:アイピット目白

マンガ作品「デビルマン」の終盤、牧村邸にパニックに陥った人間たちが突入する直前の一夜。

牧村美樹の両親は連行され、美樹とその友人、そして不動明から「美樹を守ってくれ」と頼まれた男女数名が、籠城を余儀なくされる。

デビルマン・不動明がやってくることに唯一の望みを託して……。
その一晩の人間模様を描いた作品。

いやあ、すごく良かったですよ。
基本的に、悪魔と間違われているという状態で取り囲まれた人々が、自分が生きるために人を殺せるのか? とか、人を殺してまで自分は生きていたいのか? とか悩んだりモメたりするという内容なんだけど、
予想していたような安易なヒューマニズムにも、安易なアンチヒューマニズム(最近多いんだ、このテのが)にも走らない実に誠実な作品でした。

舞台は牧村邸での一室のみで、暗転とかはあるけど基本的に場面転換はなし。その中で1時間50分という時間を十数人の登場人物がどのように持たせ、そして原作どおりなら全員(牧村美樹までもが)死んでしまうラストになだれこむのか? を、見事に見せてくれましたね。

気合いが入っているというのか、何かこう骨を感じましたよ。

牧村美樹(平田裕香)以外はほとんど全員ダブルキャストなんですが(私が見たのは「チームデーモン」で、もうひとつが「チームサタン」)、
これならもう一方も見ていいと思いました。
たぶん役者によってかなり違うテイストになるタイプの脚本や演出ですねこれは。

惜しむらくは、「デビルマン」という題材を扱ったわりにはビックリするくらい会場が狭くて。
この内容なら、「デビルマン」という作品のヴァリューもあるのだから、3倍の会場でも入ったかもしれません。

まあ、実は平田裕香嬢見たさにチケットを取った私としては、まさか実物の彼女を3メートルくらいの距離で見られるとは思ってもいませんでしたが(笑)。

現在の政情不安などもコミにして「どう生きるか?」を考えたときに、「前向きになるしかない」ということを、安易に流れずに実にまっとうにつきつめた、ひさびさにいい作品を見せてもらったと思いましたね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・「パチスロ7 Jr.」3月号(2006、蒼竜社)

鶴岡法斎、宮塚タケシ「ヤマアラシ」が最終回。
ゆかりと同棲を始めてから、安心感とともに、一人だった頃と違う不安感が頭をもたげてきた堀田。
彼女に食べさせてもらうような状態がイヤで、熱があるのに無理をしてスロットを打ちに行き、倒れてしまう。
しかし、堀田にはそんな彼を気遣ってくれるゆかりがいて、仲間がいた。

確か5年くらい連載していたと思う。
実はスロットをやらない私がスロットマンガを読んでいたのは、「パチスロ7」で石山東吉のぶっとんだパチスロマンガ「ランブルアイズ」をやっていたからという理由がひとつ。
それともうひとつは「ぶっとび系」のマンガを探すためには、5年前にたぶん今以上に種類の多かったパチスロやパチンコのマンガ雑誌を読まなければいけないのではないか、と思ったからでもあった。

結果的には、最後までじっくり読んだのは、ぶっとび、という意味あいとは正反対の、渋みのあるこの作品だった。

私も全部のパチンコ・パチスロマンガ雑誌を読み続けたわけではないが、「攻略中心」という特殊性と、それともうひとつは景気の悪さ、世間全般の余裕の無さもあったのかもしれないが、物語性のあるマンガ作品が意外に少なかった印象がある。

しかし、本作はパチスロがまったくわからなくても読むことができる作品で、なおかつ、ギャンブルで勝った負けたという側面より、スロプロ・堀田を取り巻く、二十代後半から三十代初めの、ひととおり青春時代は過ぎ去ったはずの年代の青春群像、という要素が強かった。そこに興味をひかれた。

堀田のスロプロとしての不安感と、同年代の人間が就職や結婚をしていくという焦りと、そんな中からでも自分のプライドを紡ぎ出していくという過程がカッコよかった。
一方で、堀田がうらやんだりときには劣等感を感じる友人たちにもそれぞれ選択した道があり、悩みがある。
それを描いていたのもよかった。

また、連載の流れとしては、すべてが続きものという雑誌ではないので、おそらくどこから読んでもある程度意味がわかり、なおかつ長期連載として、ワンパターンのフォーマットを持たないというテクニックが要求された作品であったように思う。
そういう舵取りの中で、それぞれのキャラクターが成長したり、居場所を見つけたりした。

二十代後半〜三十代前半の人間の、不安と、一方で、苦しいことばかりじゃないとか、生きててよかったと思える日があるんだとか、そういうことを描いていたことがこの5年間で、他のマンガや社会状況とも合わせて重要だったように思われる。

キャラクターたちが、妙なニヒリズムというかシニシズムに陥っていない点が、とても地に足の着いた感じを与えていたと思う。彼らの悩みは観念的なものではなくて、「自分はどうなっていくんだ」ということだし、何というか「悩む」ということに変な言い訳はつけていなかった。

たとえば、どちらかというと斜に構えた態度をとってしまう堀田も、自分がスロットが大好きだということは隠さない(浅野いにおとか、沙村広明の「おひっこし」とかにはこういう部分が欠けていると思う)。

本作での自分が好きなシーンは、いろいろあるけど、確か時間つぶしに入った映画館(明らかに、今は亡き新宿昭和館)で、堀田の友人が任侠映画を見て泣いているところ。
あれが何となく、本作の登場人物の性格を表しているような気がする。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

【映画】高校生無頼控 突きのムラマサ

1973年、国際放映=東宝
監督:江崎実生、原作・脚本:小池一雄、原作:芳谷圭児
出演:大門正明、ひし美ゆり子、加藤小代子、渡辺やよい、由利徹

ラピュタ阿佐ヶ谷 でレイトショー。

70年代に人気だった青年向けの劇画の映画化パート2。
パート1は沖雅也が主演だった。
脚本は小池一雄(一夫)御大自らですよ。
今回の主演は大門正明。
いきなり河原で、全裸になってフンドシを洗うシーンから始まる。
その後、全裸の上に防具を付けて竹刀を振り回しているところにひし美ゆり子が登場、びっくりして自転車から転げ落ちる。
もともと、ムラマサっていうキャラクターはものすごいホモ臭がするんですが、「全裸に剣道の防具」って。狙ってるのかなあ?
確か原作にもあるんだけど、わざわざ映像化することはないわけで。
だれも男の裸見に来てるわけじゃないんだから。

その後、ひし美ゆり子をさんざん言葉でセクハラしたあげく、
高校生の赤塚真人らと友人になり、そこの学校で部費稼ぎのために「キッスくじ」というくじを発売する。
「キッスくじ」は、当たるといい女かいい男とキッスができるくじ。
お話はこの「キッスくじ」の話中心。

なぜか中条静夫とかカノッサの屈辱のおじさんとか、小池朝雄、名古屋章、由利徹と青春映画のはずなのにオッサン俳優が豪華。

さすがに脚本は原作者が書いているだけあって、よくまとまってると思った。
ひし美ゆり子は当時26歳で、私はアンヌ隊員に特別な思い入れがあるわけではないが、この当時のこの人はすごくきれいです。
もしかして「ウルトラセブン」のときよりいいですよ。

あと赤塚真人のコメディ演技が見どころ。
それと大門正明の、前作の主演だった沖雅也以上のホモ臭さね(笑)。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

・「ウォーB組」3月号(2006、マガジンマガジン)

グラビア&成年コミック誌。
巻頭グラビアは小林恵美[amazon]。あと相澤仁美、加藤美佳など。

野田ゆうじ「ぼくとすずなのいた夏」は、「第43話 試練」。
ケンイチの姉による平手打ち攻撃で操られた政財界の人々によって、日本は破産。
政府は経済緊急措置を決定。

一方、放火により家を失ったケンイチはすずなを探して街をあてどもなくさまよう。

また、神による審判を避けるための研究を続けていた老人(名前忘れた)は、神から「聖痕」を授けられ、自らが最期の審判をくだす存在となってしまう。

また、すずなはケンジという新しいご主人様に飼われることになる。

「ぼくとすずなのいた夏」は、もうそろそろ謎の種明かしをしてもいい頃だろう。
わかるようでわからん。面白いけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

【イベント告知】鶴岡法斎のエログロハイセンスVol.6

「鶴岡法斎のエログロハイセンスVol.6」
(以下、NAKED LOFT公式ページより引用)
(ひょっとしたら)10時間耐久トークイベント。自らの無駄話の限界に挑戦! そして以外な真実も明らかに。
【出演】鶴岡法斎、新田五郎 他、交渉中
日時:3月5日(日)
OPEN18:30/START19:00
¥1,000(+1drinkから)

場所は、新宿のNAKED LOFTです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

トンデモ本大賞2006前売り発売

トンデモ本大賞2006今年も開催、前売り券発売中と学会公式HP

【日時】2006年6月3日(土曜)午後12時開場 1時開演

【場所】千代田区公会堂(千代田区九段南1−6−17)

【出演】立川談之助、山本弘、唐沢俊一、皆神龍太郎、眠田直、藤倉珊、植木不等式、開田あや、声ほか。

【特別出演】大東両 、雷門獅篭

【主催】と学会

【協賛】楽工社

【料金】2800円(当日) 2500円(前売)

ローソンチケットでも買えます

#大東両さんは「ガンダム切り絵」の人ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】サイレン

2006年、日本
監督:堤幸彦

公式ページ

小学生の弟の転地療養のために、父とともにとある島に訪れた女性(市川由衣)。
隣人に「サイレンが鳴ったら、絶対に外に出てはならない」と言われる。
一方、この島には過去に人間の集団消失の謎があったことがわかってきて……。

ホラーもの。ネタバレはできないが、脚本としてはかなりガッカリな出来。
サプライズがあっても、その前提となる設定に穴が多く、疑問を感じるため大きな驚きにならない。

ただ、堤幸彦の描く「外界とは接触を断って暮らしている人々」の描き方はちょっとだけ価値があるかもしれない。 堤幸彦は、映画版「トリック」において、現代では横溝正史風の「外界との接触を断った、人里離れた村」というのがすでに描けないことをわざと描いていたフシがあった(逆に、別の人がやったドラマ「ミステリー民俗学者八雲樹」は、この辺に頓着していない点でダメダメであった)。

今回はパロディっぽくせずに、「人里離れた不気味な島」を描くのに苦心しているところがうかがえる。

また、脚本としては「サイレン」とは何か、という趣向そのものは面白かった。
まあ、このテのものなら探せばたくさんあるような気はするが。

市川由衣は、なかなかがんばっていたと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Webマンガ】クラブDJストーム

Webマンガ:クラブDJストーム
「ゲームセンターあらし」風クラブDJマンガ。
まだ途中だけど、これは熱いぜ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・「喧嘩商売」(2) 木多康昭(2006、講談社)

・「喧嘩商売」(2) 木多康昭(2006、講談社)
[amazon]

ヤングマガジン連載。
喧嘩最強らしい高校生・佐藤十兵衛が起こすギャグマンガ。

ああ何だ、「少林寺拳法」については2巻に出てくるな。1巻の感想でよけいなこと書くんじゃなかった。
オビに「恐ろしいほど木多康昭!!!」って書いてあったけど、ホントにそうとしかいいようがない(笑)。

「幕張」の頃からぜんっぜん芸風が変わってない。ここまで通せれば立派かもしれない。
しつこいしまぶーギャグとブスギャグも含めて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・「週刊少年チャンピオン」11号(2006、秋田書店)

まず、表紙&巻頭グラビアが和希沙也。で、グラビアに「ボクらのナントカタンが見せる大胆水着!!」みたいな惹句があるでしょう。あれがあまりにヒドすぎるので、チャンピオンを持っている人は見てみてください。
どうも、わざと極端に書いてウケを狙っているわけでもなさそうだしなあ。

「もう完全に死に体」だと思っていた板垣恵介「範馬刃牙」ですが、私にとっては最近面白いです。やっぱり読みながらニヤニヤして「そんなわけねェだろ」なんて言いつつ読んでしまう、それが少年マンガというものです。

あと昆虫バトルマンガ「サイカチ」と、「剣聖ツバメ」が面白いです。でも「ツバメ」に出てくるじいさん、キャラ的には「シグルイ」っぽいよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】ホテル・ルワンダ

2004年、米
監督・脚本:テリー・ジョージ
公式ページ
1994年にルワンダで起こった虐殺の中、1200人の命を救ったホテルマンを描いた映画。

いいヤツ、悪いヤツ、利益でしか動かないヤツ、裏切り者、いい意味で定型的な登場人物が出てきて、スリルでハラハラさせ、最終的には(100万人もが虐殺された事実は消えないが)、主人公の肉親が見つかったりと、わりとハッピーエンドで終わる。残酷シーンも適度に抑えられている。
面白かったですよ。
自分は、本作が悲惨な実話を題材にしながら、こういう「いかにも」な定型パターンを取っていることが重要だと考える。後はこの事件(というか政変?)について考えたい人は、本など読んで史実と照らし合わせればいいし、
そうでない人でも映画を映画として堪能できる。
それは、私にとっては重要なことなんだよね。
「つまらないけど、影響力のある作品」を評価する人もいるだろうけど、私はそういう立場は取らないので。

逆に、「プロジェクトX」とか「そのとき歴史が動いた」とか、ああいう何でも定型に当てはめようとするドラマが嫌いな人は、物足りないかもしれないけどね。


さて、ここからは映画を見る前からどうしても書こうと思っていたんだけど、
たまたま覗いたブログで、映画も見ずに「ホテル・ルワンダを日本で上映する会」だっけ?
それをクサして、
さらにあろうことか、「ルワンダの虐殺よりも知られておらず、もっと悲惨な虐殺がある」って書いてるところがあったの。それでその、ナントカの虐殺についてえんえんと説明していた。
その文面も含めて、それですごい不愉快になって。

まあ、社会的な影響力を見込んで映画の上映運動をする人というのは、マジメな人が多いと思いますよ。
そういう人たちが、そういう文章の書き方で、何か納得するかと言ったら、まずしないでしょう。

そもそもが、私も94年にルワンダで100万人も死んだって知らなかったし、当然ナントカの虐殺も知りません。しかし、そういう上からものを見た文章の書き方をする人からものを教わろうとは思わんね。

いや、クサす、ケナすのにもやり方があると思うんですよ。
私は、「華氏911」が日本で上映されたときの論争に関して、「華氏911」の映画の出来からそれを選挙のブッシュ下ろしに利用しようとする態度まで、どれにも納得したりしなかったりした。
でも、どれも私がネット上で見たかぎりでは誠実な意見でしたよ。

しかし、かいつまんで言えば、「ルワンダの虐殺くらいでガタガタ言ってる。おまえら無知だ。もっとひどいことが世の中にはあるんだよ。ほらほら」っていうような書き方して、だれが「どうも、知らないことを教えてくださってありがとうございました」ってなる?
そもそも、そういうことを知らない人に知ってる人が教えてやるのが役目だろ?
ブログやってるなら?

でも、たぶんその「ナントカの虐殺」を知っている知的レベルの人にしか、その言葉は届かないですよ。
要するに、偏差値の高い人同士で言葉をグルグル回し合ってる、パス回してるだけなんだよ。

ものすごく公平に見れば、そういう嫌味さも「知識」というものの楽しさでもあるんだろうけど、
なんかすごくさもしいな、と思ったんだよねえ。
世の中の何の足しにもならないことならまだしも、言っても世界情勢のことなんだからさ。
どうもユーモアがないっていうのかね。

知識を秘匿しておきたいならブログなんてやらなければいいし、
広めたいならもうちょっと口のきき方ってもんがあるだろ、と思いました。

| | コメント (0)

【映画】青春賛歌 暴力学園大革命

1975年、東映東京
監督:内藤誠

城明第三高校の新番長に任命された天田巧(星正人)は、それまでの番長と違い、生徒会と協力して他校から学園の生徒を守る、とブチ上げる。
そして他校となんじゃかんじゃあって、けっきょくケンカになるのだった。

私は大好きです。ということを前提して言えば、
オープニングの新番長就任儀式が、旧世代の不良グループから気合い注入よろしく主人公がえんえんと殴られ続けるというもので、新機軸の改革派番長という雰囲気ゼロ。
しかも、子分も最初から天田の方針を理解していない。
さらに教師からは警戒され、生徒会長からは嫌われ、ヒロイン(長谷直美)からも嫌われ……。
しかも、家が貧乏で父親思い、ボクシングもできてカナダの農場で働くという夢を持っている天田が、
なんで不良グループの頭目をやっているのか、動機がかいもくわからん。

出演者は、男性はみんな二十代以上、女性は全員髪を染めていて(優等生タイプの子まで)、全員ホステスみたいというのはこの時期の学園ものの、ある意味定番。
さらに、この時期によくあるように新曲の宣伝としてまったく無意味に林寛子が歌うシーンがあり、それはまあいいんだが、1回歌ったらしばらくしてもう1回出てきて歌ったよ!

あと、70年代後半から80年代初めくらいまでに、日本テレビ系のドラマでやたらと勝ち気なヒロインをやっていた長谷直美が出ており、しかもテニスしてパンチラしたりするのでオッサンたちはみんな懐かしいと思いました。

ロケ地は、この頃の東映の映画によく出てくる、たぶん多摩川の近く、セットらしき背景も似たようなのが何カ所も出てくる。具体的に言うと映画「愛と誠」や「ドカベン」で見るようなシーンがひんぱんに出てきて懐かしい。

いい意味でも悪い意味でも、1975年に東映がつくった映画としかいいようがないが、この頃こんなのばっかりだったけど今じゃ頼んだってつくられないもんね。
「手を伸ばせばいつでもそこにあったものほど、時間が経つと消えてなくなってしまう」ことを、
とくに70年代の東映の映画を見ると思うんだよなあ。

ところで、原作は本宮ひろ志だって。どんな作品だったのか、まったく見当つかんよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

おっさん向けコミック今月の新刊

02/01 ・「イナズマンVSキカイダー」(2) MEIMU(角川書店)
02/01 ・「短編集 少年探偵・岬一郎」楳図 かずお(小学館)
02/03 ・「聖闘士星矢 完全版」(5) 車田 正美(集英社)
02/03 ・「聖闘士星矢 完全版」(6) 車田 正美(集英社)
02/04 ・「パタリロ西遊記!外伝」 魔夜峰央(白泉社)
02/06 ・「BARレモン・ハート ホットなお酒で寒波より乾杯!」 古谷三敏(双葉社)
02/07 ・「アモン・サーガ」 天野 善孝(ジャイブ)
02/07 ・「なおざりダンジョン」 こやま 基夫(ジャイブ)
02/08 ・「バリバリ伝説 WGP第3戦イタリア編」 しげの 秀一(講談社)
02/08 ・「Doctor K 吸血鬼vs.ドクターK 編」 真船 一雄(講談社)
02/08 ・「野球狂の詩VS.ドカベン」 水島 新司(講談社)
02/08 ・「江戸前の旬スペシャル 包丁の技編」 さとう 輝(日本文芸社)
02/09  日本文芸社  弱(チンピラ)虫 28  立原 あゆみ  \530    
02/09  日本文芸社  食キングスペシャル 新潟ケーキ維新編  土山 しげる  \500    
02/10  潮出版社  ブッダ 2  手塚 治虫  \650 
02/10  潮出版社  項羽と劉邦 10(完)  横山 光輝  \580
希望コミックスカジュアルワイド
02/10  小池書院  下苅り半次郎 5 絶倫花編  神江 里見  \600
02/10  小池書院  拳神 9 燦フランシスコ編  松森 正  \600
02/14  小学館  大長編ドラえもん のび太の恐竜 特製ピー助ピンバッジ付 スペシャルパック  藤子F不二雄  \500  
02/15  宙出版  密・リターンズ! 2  八神 健  \580 
02/15  講談社  スーパーくいしん坊 特製カレーライス!!の巻  ビッグ 錠  \390    
02/15  講談社  政宗 1 風雲独眼竜の章  横山 光輝  \570
02/15  ゴマブックス  ダッシュ勝平 1 純白パンティ 六田 登  \500
02/15  ゴマブックス  ダッシュ勝平 2 秘技ねこまたぎだお。編 六田 登  \500    
02/15  徳間書店  キャッツアイ完全版 7  北条 司  \1000 
02/15  若生出版  やるっきゃ騎士(ナイト) 1  みやす のんき  \380  
02/15  若生出版  やるっきゃ騎士(ナイト) 2  みやす のんき  \380 
02/中  朝日ソノラマ  ねこめーわく 1  竹本 泉  \600  書籍扱  
02/17  集英社  ベルサイユのばら 完全版 4  池田 理代子  \1050 
02/17  集英社  I’s <アイズ>完全版 5  桂 正和  \980 
02/17  集英社  I’s <アイズ>完全版 6  桂 正和  \980 
02/17  集英社  キン肉マン2世 究極の超人タッグ編 2  ゆで たまご  \530 
02/17  リイド社  影狩り 刺客・柳生一門  さいとう たかを  \500 
02/17  リイド社  怪力の母 3  平田 弘史  \1200 
02/20  集英社  江口寿史 JUMP WORKS 4 ひのまる劇場  江口 寿史  \1985
02/20  小学館  烈火の炎 3  安西 信行  \750    
02/20  小学館  烈火の炎 4  安西 信行  \750    
02/20  大洋図書  激烈バカ  漫画実話ナックルズ編集部  \390    
02/20  双葉社  落語はエンタテインメント!寄席芸人伝 江戸の落語、昭和の落語波瀾万丈物語  古谷 三敏  \400    
02/20  双葉社  ルパン三世Y ネットで中継!?ルパンの最期  山上 正月  \400    
02/22  講談社  クニミツの政 優勝賞金100万円也!  朝基 まさし  \350    
02/22  講談社  クッキングパパ 満腹!肉料理編  うえやま とち  \350    
02/22  講談社  トッキュー!! 特別総集編 ヒヨコ隊、ヘリから飛ぶ!!  久保 ミツロウ  \350    
02/22  講談社  カバチタレ! 現在あなたは働き損!の巻  東風 孝広  \550    
02/22  講談社  バリバリ伝説 WGP第4戦 フランス編  しげの 秀一  \    
02/22  講談社  Doctor K 地球上最強の寄生虫兵器編  真船 一雄  \350    
02/23  秋田書店  鋼 HAGANE好きでやってるワケじゃない?編 3  神崎 将臣  \600    
02/23  秋田書店  名門! 多古西応援団傷だらけの正義漢の巻   所 十三  \600    
02/23  秋田書店  浦安鉄筋家族壊れてナンボ編   浜岡 賢次  \300    
02/23  秋田書店  伊賀の影丸影丸旅日記の巻    横山 光輝  \350    
02/23  講談社  8マン インフィニティ 3  鷹氏 隆之  \580    
02/23  マンガショップ発行/パンローリング発売  甲子園の土 上  一峰 大二  \1890  書籍扱  
02/23  マンガショップ発行/パンローリング発売  甲子園の土 下  一峰 大二  \1890  書籍扱  
02/23  マンガショップ発行/パンローリング発売  東京Zマン  桑田 次郎  \1890  書籍扱  
02/23  マンガショップ発行/パンローリング発売  13号発進せよ 完全版 上  高野 よしてる  \1890  書籍扱  
02/23  マンガショップ発行/パンローリング発売  13号発進せよ 完全版 下  高野 よしてる  \1890  書籍扱  
02/23  メディアファクトリー  コブラ完全版 8  寺沢 武一  \750    
02/23  メディアファクトリー  コブラ(マジックドール) 前編  寺沢 武一  \1600    
02/24  小池書院  長男の時代 1  川崎 のぼる  \600    
02/24  小池書院  拳神 10 夜からの恋文編  松森 正  \600    
02/24  集英社  花より男子 完全版 13  神尾 葉子  \1200    
02/24  小学館  快感・フレーズ 新装版 1  新條 まゆ  \410    
02/24  小学館  快感・フレーズ 新装版 2  新條 まゆ  \410    
02/24  小学館  快感・フレーズ 新装版 3  新條 まゆ  \410    
02/24  日本文芸社  ザ・シェフ傑作選 ワイド版 孤高の料理人編  加藤 唯史  \580    
02/24  日本文芸社  ミナミの帝王スペシャル 財界ゴロ・取り屋編  郷 力也  \500    
02/24  日本文芸社  包丁無宿傑作選スペシャル 漂白の弧月切り編  たがわ 靖之  
02/24  リイド社  ワイド版 鬼平犯科帳 34  さいとう たかを  \650    
02/25  角川書店  リーンの翼 1  大森 倖三  \567  書籍扱  
02/25  角川書店  劇場版 機動戦士Zガンダム 2 恋人たち  白石 琴似  \567 02/25  角川書店  劇場版 機動戦士Zガンダム 星を継ぐ者  田巻 久雄  \567  書籍扱  
02/25  ゴマブックス  実戦 ナニワ金融道+α 5  青木 雄二  \600    
02/25  スクウェア・エニックス  ロトの紋章 紋章を継ぐ者達へ 2  藤原 カムイ  \530    
02/27  実業之日本社  湯けむりスナイパーPART2 花鳥風月編 2(完)  松森 正  \630    
02/28  潮出版社  鉄人28号 原作完全版 5  横山 光輝  \870    
02/28  小池書院  下苅り半次郎 2  小池一夫超時代劇でらっくす  神田 たけ志  \630    
02/28  小池書院  刀化粧 3  小池一夫超時代劇でらっくす  神田 たけ志  \630    
02/28  小学館  カムイ伝全集 第一部 11  白土 三平  \1260    
02/28  小学館  カムイ伝全集 第一部 12  白土 三平  \1260    
02/28  小学館  美味しんぼア・ラ・カルト 17  花咲 アキラ  \580    
02/28  小学館  ドラえもん プラス 5  藤子F不二雄  \410    
02/28  小学館  ドラえもん プラス 5 スペシャルパック  藤子F不二雄  \500    
02/28  小学館  愛・・・しりそめし頃に・・・ 7  藤子F不二雄  \1260    
02/28  リイド社  ゴルゴ13 78 人工知能AIの誤算  さいとう たかを  \500    
02/28  リイド社  ゴルゴ13 79 日・米コメ戦争  さいとう たかを  \500    
02/下  ブッキング  きまぐれ乗車券  小山田 いく  \1995  書籍扱  
02/下  チクマ秀版社  妖女伝説 初期型 全1冊版  星野 之宣  \2625  書籍扱

おっさん向けの、完全版や廉価版、復刻などのリリース状況のまとめがあまりないじゃないかということで、コミック新刊案内を参考に2月ぶんをつくってみたよ。
なお、本当にこの日づけどおりに出るかどうかは、責任持ちません。
すべてにamazonリンクを貼ろうと思って、2秒で挫折したよ。
表記も統一しようと思ったが、これも途中で挫折。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

・「喧嘩商売」(1) 木多康昭

・「喧嘩商売」(1) 木多康昭(2005、講談社)
[amazon]

ヤングマガジン連載。
喧嘩最強らしい高校生・佐藤十兵衛が起こす大騒動……とか書くとなんか妙だけど、本当にそういうギャグマンガ。
まあ、いつもの木多節っちゃあ木多節。

個人的には、しまぶーとか出すの感心しないけどね。
大亜門の「もて王サーガ」とかもそうだけど、なんつーかその手の「何かを引き合いに出す」っていうパロディというかギャグに、自分は飽きた。

ところで、この第1巻で十兵衛が空手の目つぶしに対するうんちくを傾けているが、
実際どの程度作者は知識があるのだろうか。
「男の星座」では、実戦で使えそうにない指二本の目つぶしは、まず相手の鼻をつかんでそこから上に向かってスライドさせるようにやれ、と書いてあったし、
「バキ」では、指全体で目を払う目つぶしは少林寺拳法のものということになっていたけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・「素晴らしい世界」全2巻  浅野いにお

・「素晴らしい世界」(1) 浅野いにお(2003、小学館)[amazon]

・「素晴らしい世界」(2) 浅野いにお(2004、小学館)[amazon]

フリーター、プータロー、クラスで孤独になってる少女、浪人生。

そういう「今ひとつ人生で停滞している」、「あと一歩を踏み出しかけている」人々を描いた短編集。

結論から言うと、
「ちょっとこじゃれてて、ときどきよく知らない海外のミュージシャンのCDレビューかなんかが入って、しかし全編に渡って軽い鬱状態に襲われている若者の書いたブログ」を読んでるみたい。
あるいは、
「簡単に絶望し、そしてまた簡単に希望を見いだして、常に騒いでて、どっちにしろ他人の目線を気にしないとやってけない、しかも酒グセの悪い友人に付き合わされている感じ」とでも言おうか。

私からすると、その絶望も希望も青すぎて話にならない。絶望は作者が若いんだから青くてもいいとして、問題は希望も青すぎるということだろう。
希望にリアリティがないから、いくら読んでも読んでも、ちっともスッキリした気持ちにならない。
めんどくさい友人のグチをきいているような気分になる。

しかしまあ、就職や結婚を控えた人間の不安感なんて答えはないだろうから、そういう軽いレベルでの絶望/希望を描いたという点では、現状の若者の心境としてリアリティがあるといえばあるのかもしれないですね。
ある特定の作品において、読者が「共感」するというだけのことに、どれだけの価値があるのかは私にはわからないけれど。

さて、本作を読んで思うのは「青春」という言葉の神通力はつくづく無くなってしまったのだなあ、ということ。
「青春」とは、「青春してる」とか「これが青春だ」というように、言葉本来の意味はともかく、それだけで「善きもの」として物語内では扱われるのが常であった。
それは、「若者」が「単に経験未熟な大人」でも「大きすぎる子供」でもない、特別な存在なんだという凱歌であった。
「青春」を語るということは、その特権性を高らかにうたうという意味があった。

(だから、70年代から80年代のアクション映画や少年ジャンプなどに頻繁に出現する「大学に行って親のクルマに女の子を乗せてチャラチャラしているやつら」に対する勤労青年の呪詛は、貧富の格差の問題というより、むしろそれが高度成長期に急速に是正される中で、足並みが揃わないことに対するルサンチマンだと考えた方がいいかもしれない。
それまでは「大学で女の子とチャラチャラする」若者など、どこにもいないか、数は極端に少なかったと思われるからだ。)

「青春してる」という言葉がある種の恥ずかしさをもって語られるようになったのは、私の知るかぎり80年代に入ってからだが、それは「青春」という言葉に内在する「権利」を、若者自身が手にしつつあったからだと言っていいだろう。

それまでは「青春」はスローガンにすぎない部分があった。だから「青春、青春」と叫ぶことに意味があった。
たとえば80年代頭まで、少年マンガに「青春もの」はあっても「恋愛もの」はなかった。「恋愛」は「青春の悩み」のワンオブゼムと捉えられていた。
しかし、ようやく「青春」のあり方が、まずまず平均化していくにおよんで、「恋愛もの」は少年のエンターテインメントになっていく。
当然、その果てには「ギャルゲー」とか「エロゲー」とかがあるが、それはまた別の話。

本作「素晴らしい世界」では、むやみに若者を突き上げるような「青春」というスローガンはどこにも存在しない。何かをがんばろうとすれば、常に価値相対主義が邪魔をする。 しかも、現状の日本で飢えて死ぬことはないわけだから、尻に火が点くというマイナスの状況も、そんなに切実ではない。
切実ではないからこそ、ジャンプすることができない。

恋愛やセックスや人生の目標は、「青春」という(まあ、マジメに考えてみればありもしない)理想郷を我がものにするための必須アイテムであった。
しかし、本作に登場する恋愛もセックスも、すでにそういう「それそのもの」以上の価値を付与されていない。だから失恋で大きく落ち込む話もなければ、「自堕落なセックスに耽溺しまくる」という話すら、ない。
ひとつひとつのことが、恐ろしいまでに矮小化されてしまっている。

あるいは別の言い方をすれば、
登場人物たちがおそらく幼少の頃から教え込まれてきた、目の前にぶら下げられてきたニンジンのような、オトナたちが言っていたような素晴らしい生活がどこにもないということ。
そういう甘いエサをまいてきたのはだれか、というと、それは本当は本作にはあまり登場しないオッサン・オバサンたちだと思うが、それには本作に登場する若者たちはほとんど気づいていないようである。

「青春」というのがスローガンにすぎないことは、さすがに80年代あたりでだれもがわかっていた。しかし、反面、「理想の大人」というものがかろうじて残っている時代でもあった。ところが本作が描かれた2003年頃は、そういうものもなくなってしまっている。

「理想の大人」にも二種類あって、
万年青年のような、若者にとってストレートに憧れられる存在と、
地に足の着いた、夢を捨て去って、あるいは折り合いを付けて現実に生きる存在とである。

だが、本作ではそのどちらも登場しない。
(短編として、三十代以上の大人の登場する話もあったが、そこに登場する大人にも「理想」と「現実」の二元論しかない印象であった。それは社会に出たことのない若者の発想だと思う。)

まあ簡単に言うと、「理想」も「手本となる現実」も、あらかじめ剥奪されているんだよな、このマンガに出てくる人物たちは。
表題どおり、ラストに少しだけ希望が示される話が多いが、作者は「こうあったらいいな」みたいな、祈りに近い心境で描いているんじゃないか。
正直、そうとしか考えられないくらい説得力ないんだよなあ。
そして、その「説得力の無さ」が今風なのかもしれないけどさ。

あまりにも「青春」とか「理想」とか、そして「現実」さえもが矮小化されてしまったために、それを思い切って捨て去ることができない若者たちを描いた、という印象を持った。

まあ、社会に出る直前か、社会に出たての若者の心境としては、現状ではこんなものなのかもしれない。
しかし、こういうことばかり描いていると、作者自身が数年後には劇的に変わるような気がするし、またそうでなければならないと思う。

私は本作においては作者の「問い」の立て方が間違っているから「答え」も正しくはないと思う。何か別の問題設定の方法があると思う。

本作のある短編の中で、主人公の青年の、いつもラリっている友人が車にはねられて、宙を飛んで死ぬ。
しかし、主人公たちは友人が死の瞬間「空を飛びながら笑っていた」ところを見て、ほんの少しだけ希望を持つ。
ものすごい消極的な希望。
ハックルベリィとトム・ソーヤは青春ものの類型的なキャラクターだ。ブッ飛びすぎるやつと、まだしも地に足の着いたやつと。しかし、本作ではハックルベリィ的な人間でさえきわめて矮小化されている。端的に言って、みみっちい。哀しい。

「何でいろんなことがこんなにみみっちくなってしまったのか」という答えに、この作者は到達できるんだろうか?
あるいは、わからないことをわからない、というふうに描くタイプの作家になるのか?

わからんし、どちらにしろ「もうこの世は終わりだ」と、いつものように思った私であった。

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

作曲家・伊福部昭さんが死去

作曲家・伊福部昭さんが死去…「ゴジラ」など手掛ける(読売)
昔の特撮に過剰な思い入れがあるわけではない私ですが、2、3年前にお元気だと人づてにうかがっていたのでショックです。
ご冥福をお祈りします。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

故藤子・F・不二雄さんの記念館が川崎に誕生へ

雑記帳:故藤子・F・不二雄さんの記念館が川崎に誕生へ
(以下、引用)
◇人気アニメ「ドラえもん」の作者、故藤子・F・不二雄さん(本名・藤本弘)が生前に描いた原画などを紹介する記念館が川崎市多摩区の生田緑地に誕生する。
(引用終わり)

藤子・F・不二雄こそ真の天才にして真のメジャー作家の一人。

子供マンガとその作家は、その評価のされ方が面白い。
だれでもが子供時代の思い出として持っているが、普通の人ならふと気づくと、全体像はまるで知らなかったりする。
大人になってもその作家の全体像を追い続け、把握する人を「オタク」という。

でも普通の人は、普通に「卒業」していく。
だから全作品を知っているとか、そういうことはない。
もしかしたら、真のメジャー作家とは「全貌を把握されてはいないがだれもが知っている」ような存在かもしれん。
司馬遼太郎とかね。

記念館に関しては、おそらくそんなにものすごいものができるとはとうてい思えないが、かわいいグッズとかが売ってたら欲しいです。
みんなが子供の頃の漠然とした記憶を呼び覚まされるようなところになったらいいですな。

ところで、藤子・F・不二雄の記憶が漠然としているのにはもうひとつ理由がある。
旧作が手に入らない。
とくにおばQ。
藤子不二雄ランドさえ、Aのみの復刊だったしねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

相武紗季で「Happy!」ドラマ化

相武紗季で「Happy!」ドラマ化

「Happy!」が800万部も出てるということにまず驚きだ。
この段階で自殺決定。おれが。

私、浦沢直樹ってマジっ子で(注:「マジっ子」とは「マジ」の意味)「プルートゥ」くらいしか読んだことないんだよな。

出会いが悪かった。
どっかにも書いたけど、
古本屋で「パイナップルアーミー」全巻と、「プラモ狂四郎」全巻が置いてあって、
一緒にいた先輩に、
「どっちが面白いですかね?」って聞いたら「パイナップルアーミー」にしろと。

それで読んだら(自分にとっては)まるで面白くなかった。
全巻買っちゃったもんだから、1冊1冊読むのに苦痛でさあ……。

しかも、その後「プラモ狂四郎」を探し回って、けっきょく復刊を待たないと行けなくなってしまって、
「パイナップルアーミー的なもの」と、
「プラモ狂四郎的なもの」というのについて深く考えさせられてしまった。

まあ、今考えると原作の工藤かずやが悪いのかなとも思うけど。

もともと、ミリタリーものってあんまり好きじゃないし。
テニスも好きじゃない。

手に酢、つけんのかいな。

すごい昔の西川のりおギャグ。

死。

そして再生。

そして巻き戻し。

そしてズーム。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

まんだらけの思い出

uchida20060201211750
こんにちは、アクセス乞食です。
英語に直すと、アクセスコジーキィです(やや巻き舌で)。

どうやら、アクセスの多いブログというのはちょっとした情報を提示しているようですね。
こちとら、新聞もロクに読まないってんだチクショウめィ。

唯一の情報源は、電車の中吊りです。
それで、最近また小松千春が脱いだとかそういう情報をゲットしています。

国会?
4点セット?
姉歯?
東横イン?
東郷元帥?
ひとつぶ300メートル?
ファーブル昆虫記発売?
アメリカ大陸発見?

知らんて。
すべて、知らんて。

数年前、911の同時多発テロの年の年末、渋谷あたりを歩いている女子高生をつかまえて、
テレビ局の人が「今年いちばん印象に残った事件は何ですか?」と聞いたら、
「ニューヨーク壊滅」
って、言ってました!

(大爆笑)
壊滅は、してませんって。(馴れ馴れしい口調で)

まあそんなことはどうでもいいんですが、
私はとにかく「ちょっとした情報」っていうのを持っていないんで、
思い出話をします。

まだまんだらけがすごく小さかった頃。
普通のコンビニの10分の1くらいの大きさしかなかった頃、
友達と行って、何十分もかけて物色して1冊、
「ください」
と言ったら、今の社長が一人で店番してて、
「やっと買ってくれたよ〜」
って嘆いてた。

今考えると、「店内で長話しんてんじゃねー」
っていうことだったんですね。

この事実を知ったとき、私は驚愕し、
口にふくんでいたレゴブロックをすべて吐き出してしまいました。

バカヤロー!!
コノヤロー!!

もう飽きたぞこのヤロー!!!

完。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

わーわーわー

inoue114

みんな いのうえわか が すき だから いのうえわか の しゃしん を はりつければ
50万アクセス くらい 行く と 思って た

夜の校舎 窓ガラス はめて 回った
バイト代 もらえず くそくらえと思った

さからい続け
あがき続けた

ひとつだけ わかったこと

スイカは 果物じゃなく

野菜〜

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「桃魂ユーマ」(2)

・「桃魂ユーマ」  (2)井上元伸(2006、秋田書店)[amazon]
2/20頃発売だそうです。 メモ。

1巻の感想

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アンドロイド娘。

・「週刊プレイボーイ」(2004年6/22号)掲載。
清水栄一×下口智裕
未見。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天然美少女メカ ロボ子ちゃん!

「天然美少女メカ ロボ子ちゃん!」 清水栄一×下口智裕
・「週刊プレイボーイ」2/15号、vol.7(2005、集英社)
・「週刊プレイボーイ」9/6号、vol.36(2005、集英社)

あと何本かあるはず。
「原作/石森章太郎」と途中からクレジットがつくようになった。
メモ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いろいろ実験してんのよ

yasuda20060207201929

いろいろ実験してんのよ。まず使い方に慣れることが大切なんですよこういうことは。

ということで、1曲歌わせていただきます。

どーこーのー  だーれーかーはー
しーらなーい  けーれーどー
そもそも  だれも  知らないよ
月光仮面の  おじさんは
おじさん  と言われてご立腹

ハヤテのごとく   の単行本
万引きしたらば  死んじゃった

ホリエモンは  詐欺でしょう
時事ネタ   入れたら  かーっこいーいー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】ミラーマンREFLEX(2005、日本)

監督: 小中和哉

公式ページ

元傭兵の影山鑑(唐渡亮)は、姪の百襲(石田未来)を「さにわ」としてミラーマンに変身。
古代の鏡を通じて「幽世(カクリヨ)」からやってくる「邪仙」と戦う。

わたし的には大満足。主役の唐渡亮は近頃珍しい、タレサンが似合う筋肉俳優。
十代の美少女(石田未来)が登場するのはもはや「オタクの美学」というべきもの。しかし、個人的に平成ガメラの「イリス」での女の子の扱いなどは好みでなかった。なんかあんまり必然性がなかった気がして。
エヴァンゲリオンなんかでもそうだったけど、美少女を出しておいてそれに助けてもらおうなんていうのも情けないもんな。クラリスに助けてもらったルパンだってきっちりお返しはしたんだしさ。

しかし、本作では鑑(あきら)と百襲(ももそ)は二人ともすでに「死んだ人間」であり、行き場所がないまま邪仙と戦っていくしか道はない。鑑は百襲を守ると兄(ももその父)と約束した、と言っているが、実質的には二人の共闘と考えていいだろう。こういう描き方は、私は好きです。

時期的には「響鬼」と比べられてしまいそうな和風の世界設定、「ここではない世界」ということでは龍騎と比べられてしまいそうな鏡の世界=「幽世」の描写も、考えられたものだろう。
執拗に映し出される都会の風景、窓越しに映る、闇に映えるビルの窓の明かりなどは、「鏡」や「人工の光」を多用することによって、現世と幽世が置換可能であるという演出だと思われる。
そういう意図が見えるので、巨大化してだれもいないビル街で戦っても、違和感がないのである(さすがにクライマックスでは一般市民が出てくるが)。

ひとつ難を言うなら、かなり音楽がダメダメ。ちっともヒーローっぽくないんだよなあ。もともと本作の設定にヒーローっぽい音楽は似合わないとは言え、なんだかやくざもののVシネみたいだった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

【映画】レジェンド・オブ・ゾロ(2005、米)

監督:マーティン・キャンベル
結婚して子供もできたゾロが、悪と戦う。

「結婚して奥さんが家庭のことも考えてよとか言って痴話ゲンカ、子供も出てきてわーわー言う」という想像どおりだった。こんなに想像どおりなら見る必要なかったよ。
だいたい、キャサリン・ゼダ・ジョーンズって恋人としてはエロエロだと思うけど奥さんとしてはイメージキツすぎるよなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

【映画】エリ・エリ・レマ・サバクタニ(2006、日本)

監督:青山真治
感染した人々は次々と自殺してしまうという「レミング病」という奇病が蔓延している。
その症状をおさえるのは二人の男がつくるノイズ・ミュージックしかなかった。
大金持ちのじいさんが、孫娘の宮崎あおいを助けるために、二人の男に演奏を依頼する。

これは見た私が悪かった。すいません。私が見るべき映画じゃなかった。
第一に、「自殺をうながす奇病」という設定は面白いが、なぜそれが「ノイズを聞くと抑えられるのか」がサッパリわからない。
第二に、「自殺する人間の切実さ」がまったく伝わってこない。除菌されたようなロケーションは計算されたものだろうが、なんかどうも「エアコンのきいた部屋であれこれ思考ゲームを繰り返している」ようにしか見えなかった。
「これはそういう意図のもとにつくられた映画です」と言われればそれまでだが。

ところで「ラズレズ」というマンガでも、出てくるDJが、ダンス・ミュージックの次に来るのはノイズだ、と言うところで終わる。「ノイズ」は、ミュージシャンにとっては「音楽」という体裁そのものを破壊する福音的なのものなのかもしれない。

それはわかる。それはわかるが、物語の中にノイズを配置するとき、物語自体がしっかりしていないとただの「わからない」ことの方便にすぎなくなってしまう。

「ラズレズ」では、だからこそ「ノイズが流行った世界」は確か描かれないまま、希望として残されたわけだし。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

【映画】男たちの大和/YAMATO(2005、日本)

監督:佐藤純彌
大和の乗組員だったじいさんと、彼の上官(だか先輩だか)に育てられたという女性が、戦後亡くなったその上官の供養のため、戦艦大和の沈んだ地点まで船で行こうとする。
そこに、回想で戦時中の大和の話が入る。

ミリオタではない私としては、前半部の大和の甲板や中をいろいろと見せるシーンは興味深かったが、プロットとしてはありきたりでテレビの2時間枠ドラマのような感じ。
また、おそらくはディティールを詰めてはいるのだろうが、その反面「これはありえないだろう」というような人間ドラマ部分が気になってしまう。

たとえば、「明日絶対死ぬ」と思っている兵隊たちが狂乱してケンカになるところを、長嶋一茂が「今の日本はだれかが犠牲にならないと目が覚めない。だから死のう」と言ってその場にいる人間が納得するというのは、見ている方の納得がいかない(笑)。

あるいはまた、大和沈没の際に助かって現代に生きる老人が、「むざむざと今まで生きてきた……」と言っているが、まあ戦後を生きた人の人生もそれぞれだろうが、戦後日本を支えた75歳くらいの老人が、自分の人生を全否定するようなことを言うだろうか?

まあそこら辺はいろいろと映画的にしょうがないとは思いますけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】フライトプラン(2005、米)

監督:ロベルト・シュヴェンケ

航空機の設計技師(?)の女性。夫が事故死したため、その遺体、そして6才の愛娘とともに飛行機に搭乗する。
少し眠って目が覚めると、娘は消えていた。

娘とともに飛行機に乗ったこと自体が、夫を亡くしたショックによる幻だったのか。
それとも、だれか娘を隠した犯人がいるのか?
密室となった飛行中の航空機を舞台に展開するサスペンス。


こ、これは期待はずれだ!
見る前に想像していた、「密室のどこに娘はいるのか?  犯人はだれか?」というのにほとんど驚きがない。
終盤もありきたり。


ただし、飛行機の機内という「公衆道徳」が主人公の敵である点は買える。
むしろ「世間様」の反応を過剰に気にする日本でつくった方が、面白さは増したかもしれない。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

実験

実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トップページ | 2006年3月 »